「DOORS-BrainPad DX Conference-」レポート①
これからの小売業は、デジタルの力で顧客に寄り沿い“絆”を築く
2020年4月1日
※2023年11月1日より、最新記事は弊社別サイト(DOORSメディア)に掲載しています。データ活用、DXの最新情報をぜひご覧ください。
ブレインパッドは2020年2月19日(水)に、創業来初の大型カンファレンスとなる「DOORS-BrainPad DX Conference-」を開催しました。
このカンファレンスは、DX(デジタルトランスフォーメーション)にどう取り組んでいけば良いのか悩みを持つ企業の皆さまに向けて、各業界の最新の取り組みや成功事例に触れていただく「扉」となることを願い開催しました。
当日の来場者は300名を超え、日経BP、東洋経済新報社をはじめ、20名のメディア記者が来場する注目度の高いイベントとなりました。
当日はKeynoteに続いて、ブレインパッドがご支援させていただいている企業様の6つのセッションが開催されましたが、その中で注目度が高かったセッションについて、3回に分けてレポートいたします。
初回は「ECのカイゼンで進む小売業のデジタル化。髙島屋と三陽商会が挑む「これからのDX戦略」とは?」と題して、髙島屋のEC事業部 事業部長・西名香織氏と、三陽商会 デジタル戦略本部 デジタルマーケティング部兼EC運用部長を務める安藤祐樹氏をゲストスピーカーに迎え、小売業におけるDX活用事例と、今後の戦略についてディスカッションをレポートいたします。
顧客の変化に対応するには、DXは必須
小売業界に関わる聴講者が多く参加したこのセッション、まずは当社の柴田から、小売業の現状とテーマの説明からスタートしました。
柴田は小売業にDXが必要である理由に、“顧客の購買意識”の変化を挙げました。
モノを買うだけであればECで完結する時代に、わざわざ店舗に足を運びモノを買うのは「体験を買う」ことを求めているのだと分析します。
そして、顧客の購買意識の変化について、SNSの普及が関っていることにも触れました。
柴田 ── モノを買うことの目的の変化も大きいです。
昔はモノを買う=自己満足だったものが、今は承認欲求・共感を得るための要素が強くなってきている。
SNSが広まって、共感を拡散しやすくなってきています。
社会にデジタルが浸透してデジタルの価値が高まっている中で、企業側もデジタルは外せない時代にきています。
しかし、どの業界でも頭を悩ませている問題が、“デジタル人材不足”。
髙島屋、三陽商会においても例外ではありませんでした。
その状況の中で両社が「どのようにしてDXを推進したのか?」また「なぜDXを始めたのか?」を、実際の取り組みをベースに詳しく話していただきました。
業界あるある? 複雑化するシステム構成
三陽商会のDX施策は主に「オムニチャネル基盤強化」「オン・オフラインの会員統合」「会員ステージサービスの導入」を中心に進めていたと安藤氏。
安藤氏 ── 我々のDXはまずはEC強化から始まりました。
最初はガワのほうをやっていましたが、去年から生産仕入れや商品企画(MD)においてもデジタル活用を取り組み始めています。
やってみて分かったのは、DXを加速させるには社内データやインフラの整備が必須だということ。
部分最適で、仮にECだけが強化されたり、CRMだけが強化されても、事業として顧客に対応できるサービスというものには限界がきてしまうでしょう。
爆発的に増えているデータ量やIoTのデバイスの増加といったことに対応するには、ECに閉じずに、全チャネルでDXを進める必要があると思います。
2015年から始めたDX施策で気付いた、インフラの重要性。安藤氏は自社のシステム構造図を用いて、三陽商会だけでなく多くの小売業で起こりうる現象を語りました。
安藤 ── DXを進めて約5年、いろんな機能拡張やAPI連携をしていった結果、とても複雑な仕組みになってしまった。
多かれ少なかれ、どの企業もシステム構造図はきれいな状態になっていません。
対策となると、どこかの製品で揃えるか、そもそもデータを貯めていくインフラからもう一回見直す、などが考えられます。
基盤を整備してくためにも、デジタルを加速させていかなければと感じます。
ここで、システム構造図について柴田から西名氏に質問が。
三陽商会のシステム構造図を見てどう思うか?という問いに、西名氏が答えます。
西名 ── 百貨店って古い業態なので、店舗のオペレーションにあわせていろんなDB(データベース)が作られていて、そこに、ECなどの新しいサービスが乗っかる。
結果的に、連携が増えていって複雑化してしまう。
全く同じ状態ですね。
DXを進める上で、インフラ整備は大きな課題であり、また業界共通の課題であるということが明らかになってきました。
髙島屋のDX戦略──絡み合う3つ変革
髙島屋は3年前にDXプロジェクトを立ち上げ、「顧客体験(接客)の変革」「ワークスタイル(働き方)の変革」そして「インフラ(基盤)”の変革」の3つの視点で進めていったと西名氏は解説します。
西名 ── 百貨店の状況が厳しいということは皆さんもよくご存知だと思います。
お客さまの“モノの購入方法”がどんどん変わっていく。
今のまま百貨店の事業を続けていても、未来はないということで、DXプロジェクトをスタートしました。
顧客体験の変革については皆さん、よく議論されたり、いろんな方の話を聞かれると思います。
それももちろん大切な要素ではありますが、我々の事業の主体となるものは百貨店の実店舗。
そこのオペレーションやシステムによる影響が非常に大きいので、ワークスタイルの変革をしなければ、顧客体験変革に投入する要員やコストが生み出せないのです。
だから顧客体験変革とワークスタイル変革は同時にやっていかなくてはならない。
この2つが固まると、インフラも、どういったものを設計しなくてはいけないのか、ということが見えてくるようになりました。
髙島屋が実践している3つの改革の成功には、すべてが相関していると西名氏は言います。
特に、ワークスタイルの変革は、他の変革を進めるための力を生み出す重要なポイントだと強調しました。
西名 ── 当社のECは、約3分の1は店頭在庫や店舗スタッフの力を借りて商品を出荷しているので、店舗スタッフは接客もするし、オンラインの受注・出荷もすることになります。
つまり店舗の人員の業務効率化の徹底が非常に重要になります。
そこで導入したのが、販売員さんの動静をリアルに可視化する『デジタル動静板』です。動静の見える化を実現しました。
スタッフの動静を可視化することにより、店舗スタッフの業務配分がコントロールできるようになったと西名氏は振り返ります。
小売業は「顧客の体験の変革」にばかり目が行きがちになるところを、それを支える「人」の動きに着目し改善した点が髙島屋ならではと言えます。
ファクトベースの議論を可能にするDX
次に、「DXの利点」について、安藤氏は事例を基に説明します。
安藤 ── ECの場合、流入経路や滞在時間や購入履歴、所謂ログデータがたまっていきますが、リアル店舗の場合、売れた時のPOSデータしか残らない。
お客さまの店舗での行動が把握しづらい。
だからECと同じようにしたいと思いまして。
店舗に何人くらい来ているのか、何分くらい滞在しているか、どんな人が何の商品を見ているのか、接客がお客さん全員に行き届いているのか。
これを測定するために、実験的に一部の店舗にAIのカメラを導入しています。
AIカメラを導入で大きく変化したことを、安藤氏は“施策の精度”と言います。
安藤 ── 顧客接点の可視化ができれば、施策の精度が上げられます。
施策の前に、そもそもファクトを基にして話せるようになることが重要です。
例えば店舗の感触でありがちなのは「まあまあ商品が見られていました」「あの施策、意外と効きました」といった主観で話すこと。主観では本当に効果のある施策が打てない。
ファクトがあると、多い少ないといった実数が出ます。
主観は主観でしかないため、裏付けができない一方で、データで出すことで数字が説明してくれるというのが最大のポイントと言えます。
安藤氏は続けて、DXを入れなければ逆の施策を打って失敗することもあると説明します。
安藤 ── 売上が悪くなると、人件費削減や業務効率化などの話になりがちなのですが、真の理由はそこではない。
売上が下がっていた理由が接客率だった場合、人件費削減は逆効果です。
デジタル化できていると接客率と売上が相関していることが分かるので、人件費削減はしないですよね。
柴田 ── 可視化しなければ、本当は売上のドライバーが販売員さんの数であり、そこから生まれる接客数だったことに気付けないまま、接客にかけるコストをどんどん減らしてしまって悪循環に陥っていたかもしれないですね。
デジタルで可視化したことにより正しい打ち手が可能になる、それには、データを正しく読み取る力も必要になる、と柴田は言います。
安藤 ── もうひとつ例を挙げると、2つ目はブレインパッドさんと行っているNPSの分析です。NPSが重要だということは皆さんご存知だと思います。
NPSと売上は相関していると言われていますが、自分たちのデータで分析してみてそれが証明できました。DXの良さとは、ファクトを得られることだと思うんです。
どこかの記事に載っていたとか、誰かが言っていたとかではなくて、自分たちのデータでそれを実感することが大事なんです。
この分析が上手く進んだら、会議の際にこのデータだけで事足りるようになります。
エクセルで作業したり、わざわざプリントアウトする必要もなくて、見方を変えたかったらクリックひとつで変えることもできる。
まだ一部でしか導入していませんが、全社的に活用できるようにしたいなと思っています。
柴田 ── 一番のポイントは「NPSって高いほうがいいよね、じゃあいい接客しよう」みたいな抽象論が入らずに、「NPSが高いってどういうことなんだろう」というのをデータで見て、「要因はこれとこれかな?」と事実を基に仮説を組み立てて議論が進むことですね。
DBの一元化は必要か?
髙島屋のインフラ改革に学ぶDX化の着眼点
小売業がDXを行う上で最大の課題となるインフラ問題について、西名氏は髙島屋の事例を基に解説します。
西名 ── DXを実施する上でよく言われるのが、顧客情報とサイト情報を一元化するのが基本でしょ?
それは大事なことですが、優先度を間違わないことです。
私たちがまず取り組んだのは、お客さまからの問い合わせへの回答を統合することでした。
これまでは、DBが複数存在していて、一度に回答を導き出せるDBになっていなかった。
それを改善するために、問い合わせと回答内容のDBを一つに集約することにしました。
これは、お客さまへの回答を満足度の高い検索結果にするという目的もありますが、回答側の業務効率化という側面もあります。
更に重要なのは、問い合わせされる内容や、問い合わせの数を知ること。
これを可視化することで、我々のサービスが行き届いていないところや解決しなければならない課題が見えてきます。
これは単純なDBの一元化だけでは実現できない。
インフラでサービス改善をすることできるのです。
サービス改善のためのインフラ改革は、髙島屋の「顧客」を大事にする視点が生きているからこその施策だと柴田は言います。
小売業界が挑戦するもの
──顧客との接点をどう作るか、どう生かすか?
実店舗を持つ髙島屋・三陽商会が、実店舗においてどのようにDXを活用するのか? 次なる展望をおふたりにお聞きしました。
西名 ── 実店舗、EC、アプリなど、お客さまとの接点がいろいろある中で、それぞれでシームレスな体験を提供したいと考えています。
そのために必要なインフラを用意するというのが理想ですね。
デジタル化が進んだ今、いろんな情報や選択肢がある中で、百貨店を選んでくださっているという大切な接点をしっかりキャッチして、接点を長期的につなげていく。
一度知っていただければ、商品の質はもちろん、何にでも対応できるサービスを揃えていることは自負しています。
そういったサービスを、一つの点ではなく、つなげて線にしていきたい。
お客さま一人ひとりの人生に寄り添う“ライフタイムコンシェルジュ”を目指しています。
安藤 ── スマホの普及で、お客さまがスキマ時間にインターネットを見るよう変わってきた。
その短時間でどれだけ接触できるかが、今度は大事になってくる。
いわゆる可処分時間みたいな、お客さまの時間を自分たちだけが取ろうとするのは、もう不可能に近いですよね。
だから、コミュニケーションをもう一歩進めて、エンゲージメントを高めていくことが大切だと思います。
時間やお金の前に、絆をつくって深めなければいけない。
何かを買おうと思った時に、自社のことを思い出してもらうために。
すべてをDXにする必要はない。
大事なのは“自分たちらしさ”
柴田 ── DXというと、全てDXにしなきゃきけないと思われがちですが、本当はDXに向いているところと、向いていないところの両方あったり、活用の仕方も、顧客対応だけではなく、ワークスタイルといった中の改善に使ったり。DXと一言言うだけでも、適応領域や場面もいろいろあるなと。バランスが大事なんだと実感しました。
安藤 ── 例えばECって、フロントの使い勝手は力入れますけど、バックエンドの使い勝手が悪いことが往々にしてあります。
結局、運用がしづらくなって施策が後手に回ってしまう。
実は、目に見えない裏側こそ加速させなくてはいけない。
どこかにだけDXを取り入れるというのでも、全部DXにすべきという正解はない。
DXは、テストして失敗もしながら取り組んでいくものだと思っています。
西名 ── DXで最初に言われるのがDBの一元化。
一元化できるのが理想ではありますが、現実では難しいですよね。
DXを使って何をするか、どの範囲までやるのかという判断は、実は“らしさ”なんじゃないかと思っています。
問い合わせDBを一元化したのは髙島屋らしさで、他の企業だったら別の取り組みになる。
「自分たちは何を大事にしているか」という視点で考えてみるといいかもしれません。
DXに正解はないという安藤氏の実感と、DXにはその会社らしさが表れるという西名氏の言葉。
DX導入を進めている、またこれから始める予定の企業にとって、大きなアドバイスを残し、セッションを締めくくりました。
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