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「強化学習」を活用したレコメンドの精度向上で、顧客コミュニケーションはどう変わるか

執筆者
公開日
2022.08.26
更新日
2024.02.22

人々の行動パターンが多様化した近年、本当の意味での「パーソナライズ」を実現するには、アルゴリズムの力を借りて個々のユーザの特徴を考慮したレコメンドを提示していくことが不可欠と感じています。

本記事では、レコメンドのアルゴリズムとしての「協調フィルタリング」、「教師あり学習」、「強化学習」の違いから、強化学習の優位性を紐解き、強化学習アルゴリズムの一例である「多腕バンディットアルゴリズム」の概要を解説し、アルゴリズムによるレコメンドの精度向上によって顧客コミュケーションがどう変化するかについて考えていきます。

本記事の執筆者
  • 長南 翔
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    XaaSユニット
    Web広告運用自動化サービスの数理最適化・自然言語処理を活用した機能の開発に従事。現在はRtoasterの機械学習機能の研究・開発を担当。

顧客コミュニケーションにおいて、AI化、アルゴリズム化が必要となる背景

従来は、大量の顧客とのコミュニケーション方法を探る上で、ユーザを人間が把握可能な数のセグメントに分け、施策を考えるという方法がとられていました。

しかし、人々の行動パターンが多様化した近年では、年代、ジェンダー、居住地などといったユーザのデモグラフィックを使ったセグメントでユーザの好みを一括りにして理解することは乱暴な方法のように感じます。

世界的に有名な、あるVODサイトでも、レコメンドに年齢、ジェンダーといった情報は使用していないと明言されています。

デモグラフィック以外のデータを用いたとしても、人々の好みのパターンは多様で、人間が把握可能な数のパターンにすべての顧客を当てはめることにも限界があります。

人々の好みが人間に把握できないほど多様化しているならば、本当の意味での「パーソナライズ」を実現するには、アルゴリズムの力を借りて個々のユーザに対するレコメンドを提示していくことが不可欠であると考えます。

「売上・客数予測による販促計画策定」など5つの成功事例を収録。

アルゴリズムを使ったレコメンドの中でも、強化学習が強力な理由

レコメンドに使用されるアルゴリズムは様々ですが、ここでは協調フィルタリング、教師あり学習、強化学習という3つのアルゴリズムのカテゴリを取り上げ、特徴を解説してみます。

協調フィルタリング

協調フィルタリングはレコメンドでよく使われるアルゴリズムで、「自分に似ている人が買っている商品をレコメンドされれば購入したくなるだろう」という関係を利用して、レコメンドするアイテムを提示する手法です。シンプルで効率的なアルゴリズムですが、以下のような弱点もあります。

  • データが十分溜まっている必要があること。購入、閲覧のデータが十分なければ、ユーザと商品のつながりが少なく、レコメンドの候補が十分ないような状況になる。
  • 商品をレコメンドする基準は購入、閲覧パターンの類似度であって、実際に購入するかどうかではないこと
  • 「このユーザにこの商品をレコメンドするのはまだ試していないから、試してみよう」といった、データを取りに行くための戦略がないこと

筆者の経験として、あるECサイトでコーヒーメーカーを購入したら、コーヒー好きなユーザとの類似度が高まったためか、コーヒー関連グッズを大量にレコメンドされ、反応していないのに数ヶ月の間、同様のレコメンドをされ続けたことがあります。
このエピソードには協調フィルタリングによるレコメンドの弱点がよく現れているのではないでしょうか。

教師あり学習

協調フィルタリングから一歩進んで、ユーザの購入、閲覧パターンの特徴量から購入しそうな商品を予測する機械学習モデルを構築し、それによりレコメンドするという手法も考えられます。このような手法は「教師あり学習」に分類されます。

この場合、購入、閲覧パターンが類似しているだけでなく、実際購入するかどうかも評価することができるため、反応がないのに同じような商品をレコメンドし続ける挙動は抑制できそうです。

しかし、

  • データが溜まらなければ使えない
  • 未知のパターンに関するデータを取りに行く戦略がない

という弱点は依然として存在します。

強化学習

現実には、データが十分ない状況からレコメンドを行わなければいけない状況もあります。新型コロナウイルスの流行時にもあったように、人々の行動様式が大きく変化する事象は常に起こりうるため、データが十分にたまる時が来ないということも考えられます。

また、未知のパターンに関するデータを積極的に取りに行き、素早く最適な状態に近づけるような動きができることも、小規模なサイトであったり、ニッチなカテゴリの商品など、取れるデータが少ない場合は特に重要となります。

このような状況で高いパフォーマンスが期待できるのが強化学習です。

強化学習は、データが溜まった後のパフォーマンスではなく、データが溜まり、それを利用する過程全体でのパフォーマンスの累計値を最大化する手法です。

データを溜める過程で、より効率的に最適な状態に近づけるために、「どのようにデータを取りに行くのが良いか」も最適化する観点も持っているのが教師あり学習との大きな違いです。

多腕バンディットアルゴリズム

強化学習に分類されるアルゴリズムの一つである多腕バンディットアルゴリズムは、Webサイトでのコンテンツのレコメンド、Web広告で提示する広告コンテンツの選択など、様々な場面で利用されています。

ここでは、多腕バンディットアルゴリズムについて解説し、強化学習の特徴である「データを取りに行く過程も含めたパフォーマンスの最大化」の実例を見てみます。

多腕バンディット問題の難しさ:探索と活用のバランス

ECサイトで商品をレコメンドしたり、ユーザに見せるWeb広告を選択するような状況は、「多腕バンディット問題」としてモデル化することができます。

多腕バンディット問題とは、報酬が得られる確率が異なる複数のスロットマシンがあり、決まった回数だけスロットを回して良いとする場合、どのようにスロットマシンを選択すると報酬が最大になるのか?という問題です。

スロットが当たるかどうかは確率的であるため、ある程度の数を回さなければ良し悪しはわかりません。一方で、当たりにくいスロットをたくさん回してしまっては報酬の累計値は小さくなってしまいます。

このような状況下では、

  • 活用=現時点で当たりやすいとわかっているスロットを引く
  • 探索=現時点で当たりやすさが未知数のスロットの情報を取りに行く

という2つの方針が考えられますが、これらの行動には

  • 活用:現時点で当たりやすいとわかっているスロットを引く場合、もっと当たりやすいスロットがまだあるかもしれない
  • 探索:現時点で当たりやすさが未知数のスロットの情報を取りに行く場合、当たりにくいスロットの情報を取るために損をしなければならないかもしれない

という相反する性質があることから、これらをバランスよく行うことが最終的な報酬を最大化するためには必要となります。

多腕バンディットアルゴリズムは、このようなバンディット問題の解法となるアルゴリズムの総称で、活用、探索のバランスをとり、最終的な報酬の累計値を最大化するために利用されています。

バンディット問題への戦略としてのA/Bテスト

サイトのデザインの選択などの場面でよく利用されるA/Bテストですが、これもバンディット問題に対する一つの戦略と考えることができます。

A/Bテストは、

  • 1. 対象ユーザをランダムに二つの群に分け、A,Bのコンテンツをそれぞれ提示し、成果を測る
  • 2. どちらかのコンテンツの成果が統計的に有意に高ければ、全ユーザに成果の高いコンテンツのみを提示する

という手順で行われますが、1.が探索のみをするフェイズ、2.が活用のみをするフェイズと考えることができます。

バンディット問題への戦略としてのA/Bテストの改善すべき点としては、以下のようなものが考えられます。

  • 探索だけを行うフェイズ1. ではコンテンツも半分の確率で出すため、成果が下がる
  • 環境は変化しているため、ある時点で良いとされたコンテンツがその後も良いとは限らない。フェイズ1.とフェイズ2.で状況が変わる可能性もある。
  • あるユーザ群に対しては有効なコンテンツも、別のユーザ群には有効でないかもしれない。

アルゴリズム

多腕バンディットアルゴリズムは、A/Bテストのように、探索フェイズ、活用フェイズというような区切りはなく、多数のコンテンツを同時に投入することも可能です。

与えられたすべてのコンテンツに対して、

  • 実際に得られているコンテンツの成果
  • まだ試行回数が足りない場合、そのコンテンツが高い成果を出す可能性

の両方を評価して、現時点の情報から最善とされるコンテンツを提示することを繰り返すことで、探索・活用のバランスをとります。

シンプルな方法ですが、

  • 一見コンテンツAが最適に見えるが、コンテンツCの試行回数が足りていない場合→コンテンツCの成果が未知数なので、コンテンツCも表示する

というように、状況に応じて探索、活用を使い分けることができます。

また、多腕バンディットアルゴリズムには、文脈付き多腕バンディットアルゴリズムと呼ばれるバリエーションがあり、それを利用すると、

  • ユーザに関する情報
  • コンテンツに関する情報
  • コンテンツの表示位置、曜日や時間帯などの周辺情報

といった「文脈」に応じたコンテンツの有効性の違いに対しても、探索、活用のバランスをとって戦略的に対応することができます。

多腕バンディットアルゴリズムのプロダクト実装

この節では、ブレインパッド製品のCDP・Rtoasterの最適化機能”conomi-optimize”で、多腕バンディットアルゴリズムを用いてコンテンツ表示比率を最適化する機能をプロダクトとして実装した経験から、実利用での難しさや、どのような状況で特に有効であるかといった知見について解説していきます。

多腕バンディットアルゴリズムの実利用での難しさ

Rtoasterの最適化機能”conomi-optimize”を用いて、月間数千万PVの規模の実際のお客様のサイトで、バナーの表示比率最適化を行い、多腕バンディットアルゴリズムをテストした際に、多腕バンディットを現実の問題に応用するためには以下のような課題があることがわかりました。

  • コンテンツの追加、削除が常にある
  • 同じコンテンツでも、様々な影響で有効性は時間変化する
  • バナーなどのコンテンツを表示する枠は多くの場合複数ある

これらの課題は、現実は理想的な多腕バンディット問題ほど単純ではないということに集約されます。それぞれの課題について詳しく解説していきます。

コンテンツの追加、削除が常にある

理想的な多腕バンディット問題では、スロットマシンの数は変化しませんが、現実のコンテンツは常に追加、削除されていきます。これにより、他のコンテンツより大幅にクリックされやすいコンテンツが追加された場合、いち早くそのコンテンツの有効性に気づかなければ機会損失が発生してしまいます。

この課題は、多腕バンディットアルゴリズムで、情報がないコンテンツに対してどの程度の報酬を期待するかを決める「初期分布」の工夫により改善することができました。

具体的には、情報がないコンテンツに対しては、既存のコンテンツのうち最も報酬の高いコンテンツの報酬と同程度の報酬を期待し、情報が得られるにつれてそれを修正していくという方法をとっています。

これにより、情報がない新規コンテンツはある程度大きなインプレッションが割かれ、いち早くそのコンテンツの有効性を確認しながら、有効性に応じてその後の比率を決めていく挙動を実現できました。

同じコンテンツでも、様々な影響で有効性は時間変化する

理想的な多腕バンディット問題では、スロットマシンの当たりやすさは時間変化しませんが、実際のコンテンツのクリックされやすさは様々な影響で変化します。

例えば、ユーザが同じコンテンツを見過ぎて飽きてくる効果や、ニュースやSNSで話題になって急にコンテンツがクリックされやすくなる効果など、コンテンツの有効性の変化には緩やかなもの、急激なものがあり、これらの変化に対応していくことが必要です。

この課題は、コンテンツの直近の成果を重視するようにデータを重み付けして学習することで、有効性の変化に素早く気づいてインプレッションの比率に反映する挙動に改善することができました。

バナーなどのコンテンツを表示する枠は多くの場合複数ある

理想的な多腕バンディット問題では一度に引くスロットマシンは1個ですが、現実のバナーなどのコンテンツを表示する枠は複数ある場合が多いです。

また、複数のコンテンツは横並びで表示されたり、カルーセルとして表示されるなどサイトによって様々なデザインで表示されますが、多くの場合最初の枠のコンテンツが最もユーザの目に留まりやすい傾向があり、その影響で表示枠によってクリックされやすさが変化するという要素もあります。

この課題に対しては、文脈バンディットアルゴリズムで「表示された位置」を文脈に加えて学習を行い、コンテンツを選ぶ際には表示された位置による効果を差し引いた期待報酬を用いて、最初の枠から順にコンテンツを選択する方法で対応しました。

ユーザに対して複数のコンテンツの組をレコメンドする問題はSlate Recommendationと呼ばれ、近年この問題に特化したアルゴリズムの研究も行われているため、そのようなアルゴリズムの採用で更に良い結果が得られるかもしれません。

状況によって適したアルゴリズムを選択することの重要性

実際のサイトで様々なユーザ群、コンテンツ群に対して多腕バンディットを用いた最適化を適用した結果、コンテンツ数が多く、コンテンツの入れ替わりが激しい状況で特に大きな改善が見られました。

コンテンツ数が多く、コンテンツの入れ替わりが激しい状況では、探索を戦略的に行う多腕バンディットの挙動が有利に働いたことが改善の大きな要因となっていました。

特に、「タイムセール」のような効果が高く、期限が限られているバナーが追加された際にバナーの有効性を素早く検知して大きな割合のインプレッションを割くことで、限られたタイムセール期間を有効活用できたような挙動も確認できました。

多腕バンディットアルゴリズムは実装が容易な割には拡張性があり、様々な状況に対処することができる強みがある一方で、強化学習のアルゴリズムをとしてはシンプルなものであり、コンテンツを提示したことによるユーザの状態の変化、例えばクリックベイト的なコンテンツを提示し続けることで短期的なクリックは上がってもユーザの長期的な満足度が下がってしまうような現象に対しては、対症療法的にしか対応できないという弱点もあります。

変化が少なく、最初からデータが潤沢にあるような状況では深層学習やランダムフォレスト系の複雑なモデルを用いた教師あり学習に強みがある場面もあるかもしれませんし、高い実装コストに対しても採算が取れるような大規模なサイトでのレコメンドでは、強化学習の「環境」のモデルとしてより複雑なものを使う深層強化学習系モデルに強みがあるかもしれません。

状況に合わせた適切なアルゴリズムを意図を持って選択していくことが重要となると考えています。

データサイエンス✕エンジニアリングがもたらす意義

記事の冒頭に書いたように、ユーザの好みは人力では把握できないほど多様であるため、本当の意味でのパーソナライズを実現するには、アルゴリズムの力を借りて個々のユーザに対するレコメンドを提示していくことが必要です。

そのためには、どのようにユーザとコミュニケーションをとっていきたいか、というマーケターの意図をアルゴリズムの形で表現するデータサイエンスの領域と、アルゴリズムの力を現実の課題で発揮させるためにシステムに統合された形で実装・運用していくエンジニアリングの領域、両方のスキルセットを持ったプロフェッショナルの連携が必須であると感じています。

※DXについて詳しく知りたい方はこちらの記事をお読み下さい。
【関連】DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?「DX=IT活用」ではない。正しく理解したいDXの意義と推進のポイント



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