伝統工芸品・熊野筆×AI
開発ストーリー対談
AIが導く“伝統工芸品の技術伝承”
「画像認識」で匠の技を後世に伝える
晃祐堂とブレインパッドのAIプロジェクト
対談プロフィール
株式会社晃祐堂
・取締役社長 土屋 武美様 <写真上段左>
・製造部主任 渡邉 拓真様 <写真上段右>
株式会社ブレインパッド
アナリティクス本部
・リードデータサイエンティスト 吉田 勇太 <写真下段左>
・データサイエンティスト 表 尚吾 <写真下段中央>
ビジネス統括本部
・アライアンス開発室長 筧 直之 <写真下段右>
人工知能をプラスして、伝統工芸品の技術伝承をしたい。
ブレインパッドは、伝統工芸品・熊野筆の製造工程にAIを組み込むことで、製造品質の維持・向上や、職人の技術伝承の取り組みを支援しています。
「伝統工芸品×AI」の組み合わせはいかにして生まれたか?
熊野筆は、広島県安芸郡熊野町で生産されている伝統工芸品です。主に書筆や画筆、化粧筆が生産されており、肌当たりの良い柔らかい筆先の化粧筆は、誰もが知る海外のスーパーブランドがOEM生産を依頼するほどの優れた品質を持っています。
この熊野筆の生産事業者として、書道筆・画筆の他に約300種類の化粧筆を生産しているのが1978年創業の株式会社晃祐堂(こうゆうどう)様です。2020年、この晃祐堂様の化粧筆工房に見慣れない“ある機械”が導入されました。
AIの画像認識技術を利用したこの機械は、完成した筆が良品か不良品かを瞬時に判別する
これはAIの画像認識技術を利用した熊野筆の「不良品検知プロダクト」です。完成した筆をこのプロダクトにセットすると、カメラが自動で筆の360度撮影を行い、その画像を基にAIが良品か不良品かを瞬時に判別し、検品を行います。
「伝統工芸品×AI」という意外な組み合わせのプロダクトは、一体どのようにして完成に至ったのでしょうか。その開発ストーリーに迫ってみたいと思います。
AIの画像認識で、「職人の眼」を再現したい
晃祐堂様の取締役社長・土屋様がAIに着目したのは、AIの画像認識を筆の検品に活かせないかと考えたことがきっかけでした。
熊野筆は熟練の職人による手作りのため、筆先の大きさや膨らみなどがひとつひとつ微細に異なります。そこで、完成した筆がブランド基準を満たしているかどうか、最終工程で職人が目視で検品をしています。
検品は職人の経験、感覚に委ねられているため、判断が難しい場合には良品/不良品の判定が人によって異なることがあります。そこで、このチェックにAIの画像認識を活用することで、どんな時にも判定がぶれない正確な検品体制を構築したいと土屋様は考えました。
「“職人の眼”をAIの画像認識技術で再現する。そのことによって熊野筆を後世に変わらず伝承していきたいと考えました」(土屋様)
土屋様がAIに着目した背景には、熊野筆の「技術伝承」における課題もありました。土屋様はこう語ります。
「筆の検品は長年の経験を持つ職人でなければ務まりません。しかし、一人前の職人を育てるには大変な時間と労力がかかります。そこで、職人の判断基準を数値化しAIに学ばせ、まずはぶれることのない熊野筆ブランドの完成基準を確立しようと思いました。“職人の眼”をAIで再現できれば、熊野筆を後世に変わらず伝承していくことができると考えたのです」。
このプロジェクトは、熊野筆の未来に向けた投資でもあったのです。
5,000枚の画像をAIに学習させ、職人の判断基準をアルゴリズム化
プロジェクトは職人の判断基準をAIに学習させることから始まりました。
ブレインパッド開発チームは、晃祐堂様から熊野筆の良品サンプル約300本を取り寄せ、2日ほどかけてすべての画像を撮影しました。この画像をAIに学習させることで「良品」の判断基準を学ばせるのです。
実際の検品作業は筆を360度から目視チェックをして行われるため、画像も360度から撮影されました。延べ約5,000枚に及んだ撮影画像は、データサイエンティストによって良品/不良品検知のアルゴリズム作成に利用されました。
「“良品を判別する”のではなく、“不良品を確実に見つける”という方針の基、機械学習のアルゴリズムを開発しました」(吉田)
アルゴリズム作成を担当したブレインパッドのリードデータサイエンティスト吉田は、「業務で運用される時のことを想定し、“良品を判別する”というより、“不良品を確実に見つける”という方針の基で開発しました」と今回のアルゴリズム設計方針について語ります。
こうして完成したアルゴリズムの不良品判定精度は、90%以上の数値となりました。検品作業において不良品を除外する1次スクリーニングとしては十分な精度を確保することができました。
高度なAIを、誰にでも扱えるシンプルなプロダクトに
不良品検知のアルゴリズム完成に伴い行われたプロジェクト報告会にて、ブレインパッド開発チームはアルゴリズムの業務運用方法を提案しました。その1つが、記事冒頭でご紹介した「不良品検知プロダクト」のアイデアです。
プロダクトに筆の穂首を設置し、検品実行ボタンを押すと、穂首が360度回転し、内蔵カメラが約20枚の画像を自動で撮影します。これをAIが画像認識し、良品か不良品かの判別を数秒で行うというものです。
検品業務を効率化・自動化するこのアイデアに対し、晃祐堂様経営陣から開発のGOサインが下り、プロジェクトは第2フェーズを迎えることになりました。
「“誰にでも簡単に扱えるようにしてほしい”。それが私たちからのリクエストでした。要望通りのプロダクトができたと満足しています」(渡邉様)
化粧筆の品質管理業務を行う製造部主任 ・渡邉様からは、プロダクトの開発に先立ちこのようなリクエストをいただきました。
「工房内にはITや機械に不慣れな者がたくさんいます。そこで、誰でも簡単に取り扱いできるものにしてほしいとリクエストしました。今回完成したプロダクトは筆の穂首をセットしたあとはボタンを1つ押すだけで、他には何の操作も必要ありません。私たちの要望通り、とてもシンプルなプロダクトを作っていただきました」。
AIの「良品証明」を、製品出荷時のエビデンスにしたい
ブレインパッドと外部ハードメーカーの共同開発による「不良品検知プロダクト」は2か月ほどで完成しました。現在は運用試験中のため、製品の量産ラインでは使用されていませんが、今後はこれをベースに改良品が開発されていく予定です。
完成した初号機は、晃祐堂様の新たな取り組みをアピールする目的で、工場視察に訪れた企業関係者向けに公開されています。「この機械を自社で利用することは可能か?」と問い合わせを受けることもあるそうで、国内外のさまざまな企業が「伝統工芸品×AI」の取り組みに熱い視線を送っています。
取締役社長・土屋様は、今後のAI活用に関してこのように展望を語りました。
「アパレルメーカーは検針機でのチェック結果を出荷時検査のエビデンスとして製品に添えています。これと同じようなことを当社はAIで実現したいと考えています。完成した熊野筆をAIに画像認識させると、明確な数値に基づいて“良品”の証明をしてくれる──職人の眼とAIの眼がブランド品質を担保するような未来を実現していきたいです」。
熊野筆を後世に伝承するために、晃祐堂の挑戦は続く
今回のプロジェクトを通して、晃祐堂様はブレインパッドの「真面目さ」「追究力」に驚かされたと言います。土屋様・渡邉様にブレインパッドへのご評価をうかがいました。
「以前、検品業務をマニュアル化しようと取り組んだことがあるのですが、職人のチェック項目は数がものすごく多い上に、基準の数値化が難しく、マニュアル化を断念した経緯があります。我々が投げ出した作業を、ブレインパッドは膨大な写真を丹念に精査するという方法で取り組んでくれました。あの真面目さ、追究力には“この集団、只者じゃないな”と思わされました」(取締役社長・土屋様)。
「ブレインパッドのみなさんは、普段筆を見ることも触ることもないと思うんです。それでも、提供したサンプル品から見事に良品/不良品を判別する基準を作ってくれました。私たちの中で数値化できていなかった曖昧な部分を整理する、良いきっかけになったと思います」(製造部主任・渡邉様)。
最後に、AIは伝統工芸品・熊野筆の技術伝承に貢献できるかどうか、その可能性を土屋様にうかがいました。
「熟練の職人の技術は、簡単に真似ができませんが、人に伝える・教えることも容易ではありません。しかし、熊野筆をこれからも作り続けていくためにはその難しい伝承に挑戦し続けていくしかありません。AIを使い、ブレインパッドがここまでやってくれたことは、熊野筆の伝承に向けて大いに刺激になりました」。
ブレインパッドはこれからも、優れた匠の技、匠の眼をAIで解析・再現することにより、熊野筆の未来を晃祐堂様と共に創り上げていきます。
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