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株式会社バンダイナムコセブンズは「IPとテクノロジーで遊技機や新たなアソビを創造」することをMISSIONに掲げて事業を展開している、バンダイナムコグループの企業です。
同社の新規サービス開発課でチームリーダーを務める山口 大貴氏に「IPとテクノロジー」に関する取り組みやデータ活用の事例、新サービスの創出に向けた活動について、株式会社ブレインパッドの竹野 雄尋がお話を伺いました。
本記事は、データ横丁主催イベント「エンタメ業界のデータエンジニアリング最前線」を起点に、DOORSメディアが企画する連載「エンタメ業界のデータ活用最前線」の一編です。
技術の先にある、データ活用を通じて何を実現したいのかという視点から、エンタメ業界の取り組みを紹介します。
株式会社ブレインパッド 竹野 雄尋(以下、竹野) まず、バンダイナムコセブンズさんがどのような事業を行っているのかご紹介していただけますか?
株式会社バンダイナムコセブンズ 山口 大貴氏(以下、山口氏) 当社はぱちんこやパチスロなどの遊技機を主管しています。事業の柱は、遊技機に使用する映像の受託開発事業、バンダイナムコグループが有するIPを遊技機メーカー様へ提供するためのライセンス事業、映像基板のHAYABUSAをはじめとするテクノロジー事業の3つです。

テクノロジー事業のメインとなるHAYABUSAは、高性能な映像出力に加え、演出抽選制御、I/O制御、サウンド制御、ランプやモーターといったデバイス制御もできるハイブリッド基板です。 遊技機メーカー様にHAYABUSAをご提供するだけでなく、使いやすいライブラリやツールの提供やサポート体制を整えており、非常に高い評価を得ています。基板の販売ではなく開発プラットフォームを提供していることは、我々が常に意識している点です。
このHAYABUSAの最大の特徴は、リアルタイムレンダリングの性能の高さにあります。元々アーケード領域の基板を作っていた技術者がいる当社の特性を活かし、従来の「プリレンダ」と呼ばれる、あらかじめ用意された映像の再生はもちろん、ゲームのようなリアルタイムでの描画表現も得意としています。
竹野 ゲーム性を重視すると、相当なカスタマイズが必要になりそうですが?
山口氏 そうですね。実際に導入した製品の例で言えば、衣装を着せ替えて十数万通りもの表現ができるカスタマイズ機能を加えたこともありました。
他にも、画面が切り替わる際の演出を3D描画機能を使って魅力的に見せたり、また3D領域に限らず遊技機メーカー様からのさまざまなリクエストに応じた開発しやすい機能を実装して提供しています。
竹野 現在、山口さんが所属している新規サービス開発課の活動内容を教えていただけますか?

山口氏 はい、新規サービス開発課は2025年4月に作られた新しいセクションです。この課にはプロダクト研究とコネクト推進の2つのチームがあり、私はものづくりができるエンジニアが集まったプロダクト研究チームのチームリーダーを務めています。
我々のチームでは、当社が培ってきたテクノロジーを使った新規サービスの「タネ」を探してプロダクトを作って、お客さんに刺さるサービスになりうるかどうかを検証する業務を行っています。テクノロジーを使って遊技機の領域に限らず人々の役に立つサービスの開発を模索する仕事ですね。HAYABUSA関連の業務なども並行して行っていますが、今の業務のメインは新規サービスの開発です。
新しいサービスの立ち上げには、課題の発見が何より大事だと思っています。社内や遊技機メーカー様、協力会社様などの課題を発見・解決し、その解決策がイノベーションに繋がることで新規サービス立ち上げの「タネ」、ひいては新規サービスが生まれるのだと考えています。
ひとつの課題を解決すると、別の課題に取り組む際に活用できる知見やノウハウを得ることができます。チームのメンバーには、それぞれの課題を解決しながら活動を進めてもらっています。
我々が業務を進める際に判断材料となるデータの蓄積や活用は、非常に有効な手段であり、伸びしろがあるものです。私は元々データ工学専攻で、データ関連のスキルは、私の強みのひとつと言えます。新規サービスの開発の成功率を上げるための武器として、データを積極的に駆使していこうと考えています。
竹野 開発する新規サービスについては何か条件のようなものは設定されているのですか?
山口氏 はい。我々の持っているテクノロジーを用いて、”新しいことをやっていこう”ということ。それが唯一の条件です。かなり風呂敷を広げたところから、取り組みを開始しました。
竹野 新規サービスの開発にもデータを活用しているとのことですが、取り扱うのは動画データが多いのでしょうか?
山口氏 そうですね。当社はIPを主軸に事業を展開しているので、例えば原作アニメのIPであれば、2クールで50話近い映像素材があります。膨大な素材の中から遊技機オリジナル映像の企画立案や演出映像の制作のため特定のシーンを切り出すなど、動画データに対して様々な作業が発生します。協力会社様に映像制作を依頼することもあるので、制作していただいた映像と元のアニメ映像を比較して、監修業務も行います。
竹野 一連の流れでの動画データのハンドリングは、非常に煩雑なものになると思うのですが?
山口氏 ご想像の通り、非常に煩雑かつ繊細さが重要視される業務です。特に動画素材から特定のキャラクターが登場するシーンを探し出す作業は、素材を繰り返し見たり、記憶を頼りにしたりといった非効率なものでした。効率化への一歩として、アニメのセリフ一覧などを用いて、キャラクターを探す際の参照資料作りは行ってきましたが、資料作りに時間を割くことは本質的ではなく、この業務の効率性を高めるために私が取り組んだのが「CutSplitter(仮称)」の開発です。
竹野 CutSplitter(仮称)がどのようなツールなのかご説明していただけますか?
山口氏 シンプルに言えば、動画を俯瞰して確認できるツールです。
我々は動画における一連の場面のまとまりを「カット」と呼んでいます。 CutSplitter(仮称)は、動画をこのカットごとに区切り、それぞれの特徴的な画像を時系列順に一覧表示してくれるツールです。これを見れば、どのような順序でストーリーが進んでいるのかを一目で把握できます。
例えば、動画を俯瞰で確認するために、単純に10秒ごとに画像をキャプチャしたとします。それでも画像枚数が膨大になりチェックが大変ですし、逆に3秒間しかない重要なシーンが間引かれて見逃してしまうリスクもあります。
CutSplitter(仮称)は、機械的に時間で区切るのではなく、映像の中身を解析してシーンの切り替わりを捉えています。そのため、人間が確認するのにちょうど良い「適切な粒度」で一覧化できる点が最大の特徴です。

竹野 CutSplitter (仮称)は現場の抱える課題をヒアリングした結果、困りごとを解消するために山口さんが独力で作られたツールだと伺っていますが、開発に至る経緯を教えてください。
山口氏 元々はもっと大きな問題を解決しようと考えていました。膨大な動画素材のどこに何があるのかわからないという課題を解消したかったのです。さまざまな解決策を探って、当時は顔認識に近い技術を応用して、キャラクターを認識できるツールの作成を狙っていました。
そんな狙いがあった一方で、現場の要望に応えて最終的にできたのがCutsplitter (仮称)です。最初に目指していたキャラクターの認識は実現が難しかったのですが、その試行錯誤の過程で生まれたストーリー展開を把握する機能が、現場では十分に役に立つと分かりツール化しました。
竹野 大きな課題感から入っていく姿勢が素晴らしいですね。現実的に可能な範囲内での最適解がCutSplitter (仮称)だったと思うのですが、どんな技術を使って実現させたのでしょうか?
山口氏 「カット」ごと、つまり映像が切り替わるタイミングを正確に捉えるには 、動画を分析するツールが必要です。私はAWSのAmazon Rekognitionという画像・動画分析用の機械学習サービスを使用しました。このサービスには、映像の構成要素を分析して「ショット(カメラの切り替え)」を検出する機能が備わっています。 それを使って、シーンが切り替わるときに表示されるタイムスタンプを元に画像を切り分けています。
竹野 現場の課題と機械学習とを繋げた点が重要な気がします。山口さんがいなかったら、おそらく繋がっていなかったでしょう。課題とテクノロジーを最適解で結びつけたわけですね。
山口氏 今のチームが立ち上がる前から、現場の困りごとをテクノロジーで解消する取り組みは、ずっと行ってきました。CutSplitter (仮称)は、そうした活動の中から生まれたツールです。他の分野にもこのテクノロジーを応用できれば、新規サービスのひとつになる可能性も秘めているのではないかと思っています。
竹野 現在、他にも山口さんたちが進めている取り組みがあれば紹介していただけますか?
山口氏 CutSplitter (仮称)はソフトウェアですが、基板などのハードウェア面から新しいサービスの創出に挑戦しているメンバーもいます。
データを活用した課題解決に関しても、遊技機メーカー様や社内のメンバーのアツい想いに寄り添って取り組んできた経験を活かす方法がないか常に模索しています。
竹野 リミッターを感じさせない社風、そしてエンジニアリングがキーワードになりそうですね。何かにトライする素地があって羨ましいと感じます。
山口氏 そうですね。特にエンジニアに関しては、熱量を大事にする文化があると入社時から感じています。私の在籍するテクノロジーイノベーション部は、我々の持っている基板技術で業界ナンバーワンのシェアを目指すというアツい思いから生まれた部署でもあるので、会社のDNAのようなものを強く感じます。私は思いついたらすぐに走り出すタイプなのですが、上司にやりたいことを伝えると、その熱意を受け止めながら話を聞いてもらえる環境が整っています。

竹野 AIの活用に関してもかなりオープンな印象を受けます。
山口氏 トレンドを追う部分もあるのですが、熱量を持っていれば挑戦できる環境なので積極的に活用方法を提案しています 。
竹野 データやAIを活用した最近の取り組み事例を紹介していただけますか?
山口氏 社内向けではありますが、ちょうど今、社内で整理しきれていないノウハウをデータ化する取り組みを進めているところです。
当社の場合、業務の専門性が高く社員それぞれが『職人』のような働き方をしているため、どうしてもノウハウが属人化しやすい傾向が強いのです。そうした状況が続くと、ノウハウの継承という課題が生じることになります。
例えばIPを遊技機メーカー様にご提案するケースでは、ぱちんこやパチスロに適したIPかどうかを判断するノウハウが求められます。そのIPを使った遊技機の映像演出を具体的にイメージし、最適なご提案をお届けするスキルが必要になるのです。現在進めているのは、ノウハウに基づいて適切な判断をする「思考フロー」のテキストデータ化です。この取り組みを検討する会に私も参加しています。
この取り組みでは、まずメンバーにLLM(Large Language Model=大規模言語モデル)を使えるようトレーニングを行い、アイデアを深めたり、考えを整理したりする際に便利なことを経験してもらいます。そして、一通り壁打ちして結論が出たら、その議論のプロセスを「思考フロー」としてLLMに出力させます。さらに、そのフローの順に次回の検討をモデレートしてくれるプロンプト自体も、LLMに書かせてしまうのです。こうしてできた「思考フローの順にモデレートしてくれるプロンプト」を部署内のメンバーに共有するわけです。この方法によって生成AIを使えるメンバーを増やしながら、ベテランの「思考フロー」を部署内に蓄積することができます。
若手社員にそのプロンプトの扱い方を覚えてもらうと、AIを扱うことのできるメンバーが増え、同時に思考のフローも継承されます。経験豊富なメンバーがひとつの判断をするまでにどのような点を重視したのか、どんな手順で課題を解決したのかを、社内共有できるのです。業務の効率化に役立つと同時に、初めてAIを取り扱う際のハードルを下げるメリットも期待できる取り組みだと考えています。
意思決定は人間が行うので、途中で「これは違う」「再確認が必要だ」と感じる部分も出てきます。そうした場合は、「そのステップで見直しをするように指示する」という工程をフローの中に組み込みます。 ログを確認しながらフロー自体をブラッシュアップしていくことで、組織としての判断力を高めていけると考えています。
竹野 最終的にはバンダイナムコセブンズさん用にカスタマイズされたスペシャルなコーチが生まれることになりそうですね。

山口氏 そうですね。ティーチャーではなくて、コーチャーを作るようなイメージです。機械学習やAIの枠組みで言えば、かなり自然言語寄りで誰でも使える領域なので、AIに苦手意識がある人でも浸透させやすいと考えています。このデータが貯まってくると、さまざまなシーンでの活用が期待できます。例えば、新入社員にベテランの考え方を追体験してもらうトレーニングなどでの応用も可能です。業務効率が良くなるというメリットを現場に提示した上で、浸透を図っています。
似たような取り組みは他にも実施中です。例えば、テレビのアニメ作品は3か月のクールごとに更新されて、毎回約100本が放送されます。当社のIPライセンス事業のメンバーたちはなるべくすべての作品の情報を得ようとするのですが、膨大な作品量と素早い情報更新についていくことは実際には不可能です。個々の社員が遊技機との親和性などを予見して、優先順位を付けて視聴する作品を決めることになります。
視聴に至るまでの判断基準をデータ化して蓄積することによって、情報を追う作品の優先順位や、その判断基準に関する個々のメンバーの考えをまとめたフローが生成されます。もちろん作品自体の良し悪しではなく、我々の事業領域との親和性の「判断軸」をテキストデータ化したものです。
この取り組みについては、ライセンス事業のメンバーから寄せられた課題を私がテクノロジー面からバックアップしています。
竹野 コンテンツに紐づくような消費者のデータは収集されているのでしょうか?
山口氏 当社の取り組み事例としては、まずXからのデータ収集が挙げられます。
これも定性的なアプローチですが、Xの口コミデータから作品やイベントなどに対する反応や話題の傾向を把握する活動が行われています。
竹野 放送中のアニメに対する消費者の反応をX上で収集してデータにするわけですね。
山口氏 そうです。リアルタイムで放送中かつ遊技機化の企画も並行して進んでいる作品の注目度や口コミの質などを収集し、そのデータを企画立案の参考にするケースもあります。
また、導入された遊技機に対するユーザーの反応を調査し、開発中の遊技機のアピールポイントが市場に受け入れてもらえるものなのか、判断するための指標にすることもあります。
この2年ほど、Xで得られた情報をある程度クレンジングし、所定の分析用環境に投入して考察を作成する活動を行ってきました。こうした情報が遊技機メーカー様の困りごとの解決に役立てることが分かったことも一つの成果だと考えています。
竹野 今後こんなデータを課題解決に使いたい、このAIを実装したいといった将来的なことも聞かせていただけますか?
山口氏 まずビジョン的な話をすると、データは共通言語だと私は思っています。
共通言語は私にとって非常に重要なものです。少しプライベートな話になるのですが、私は昔から自分の話をするのが大好きなのに、なかなか人とのコミュニケーションがうまくいかずに困っていました。アニメやゲーム、ぱちんこ、パチスロなどの共通言語を得たことで、人とのコミュニケーションがとてもとりやすくなったのです。そういった共通言語を自分も創れるようになりたいと思ったことが、当社に入社した理由のひとつでした。
遊技機メーカー様や社内のメンバーと話をするときも、”データ”という共通言語があることで、課題の本質に繋がる意見交換がしやすくなりました。
今後も人と人を繋ぐツールとして、データ活用をさらに推進していきたいと思っています。

竹野 このキャラクターはこういう演出がいいと仮説で話すよりも、例えばキャラクターに関するXの投稿の約3割が衣装に言及しているといった数字を見せてお話するほうが円滑に共通認識を持つことができそうですよね。
山口氏 そうですね。自分の思いが強すぎると、相手に投げかけたときに受け取ってもらいにくくなることがあります。他者に思いを伝え、自分と相手を繋ぐ共通言語としてのデータの重要性を私自身が実感しているので、まずは社内に広げていきたいと考えています。
竹野 積極的にデータを取得して皆さんに伝わるように加工や可視化していくことが大切になりますね。社内にデータ活用を広げるための具体的な構想などはお持ちですか?
山口氏 先ほどの思考フローのデータ化も含めて、定性でも定量でもデータ化できる領域を増やす活動を進めています。将来的にはナレッジデータベースを構築したいですね。
あとはSNSのデータなどもある程度貯まってきた段階で、検索などの機能について検討したいと思っています。
データを十分に貯めた上で、課題に応じて解決できる引き出しとして活用する適切な方法を考え、将来的には会社全体としてのデータ戦略を確立したいと思っています。
竹野 高い価値を持つ独自データを積極的に取得することは、企業の競争力に関わってくる事柄ですね。
山口氏 LLMが進化を遂げている中で、誰でもアクセスできる情報の優位性は低下しています。XなどのSNSのデータも、加工技術などの優位性はあるかもしれませんが、結局誰でも取得できるデータです。
バンダイナムコセブンズが独自に有しているデータは、やはり個々の社員が持っている『職人』のようなノウハウではないかと考えています。
竹野 今後のエンタメ業界では、その会社固有のデータや活用方法を有しており、事業にインパクトを与えていくという点がよりいっそう重要になると感じていますが、いかがでしょうか?
山口氏 はい、そう思っています。当社の場合、コントロールできるデータは元々それほど多くはないので、今は現場のメンバーに意思決定の時短や業務効率の向上といったメリットを提供しながら、データの蓄積を図っているフェーズです。
ゆくゆくはデータが当社の事業にインパクトを与えることに繋がると信じています。
竹野 本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。現場の課題からIP×テクノロジーの可能性を広げていく取り組みやその熱量に、改めて御社らしさを感じました。
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