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「現場はDXもAIも進めたいんですよ。でも上が分かってくれない」──。DX‧AI推進の担当者から、こんな声を聞いたことはありませんか。ツールを入れても、POCを回しても、経営会議でひっくり返る。部長レイヤーに上がった瞬間、話が前に進まなくなる。そんな経験はないでしょうか。
実はこれ、個別企業の話ではありません。日本企業のDX‧AI活用が伸び悩む最大のボトルネックは、テクノロジーでも現場でもなく、「マネジメント層のリテラシー」にあると複数の調査が示しています。本記事では、その構造を解き明かしたうえで、部長クラス約1,500人を動かして17件もの新規プロジェクトを生み出した事例を手がかりに、変革の処方箋を探ります。
では、まずはその「構造」から見ていきましょう。
DXが始まってすでに数年。多くの企業がツールも入れ、推進組織も立ち上げてきました。しかし、成果が出ている企業とそうでない企業の差は開く一方です。
なぜでしょうか。原因をテクノロジーや予算に求めがちですが、実態はもっとソフトな部分にあります。
DXが進まない要因を分析した調査では、ハードな要因(システムやデータ基盤)よりも、ソフトな要因のほうが上位を占める傾向が見られます。具体的には、組織や人材の欠如、テクノロジーそのものの理解不足、そして経営層の関与不足、文化醸成の遅れといった多層的なボトルネックが複合的に影響し、DXの推進を阻む構造的な課題になっているとの指摘があります。
データ活用の成果を出すうえでは、データ分析環境の整備や専任組織のスキル向上 といった技術寄りの取り組みは多くの企業で対応が進んでいます。一方で、経営層のスポンサーシップや社内理解醸成、現場の落とし込み体制 といった、現場とマネジメントの関与が不可欠な領域は後回しになりがちです。ここでも、マネジメント層のリテラシー不足がボトルネックとして浮かび上がります。
つまり、DXが止まる理由の多くは「人と組織」の側にあるということです。中でも、意思決定権を持つマネジメント層の理解と関与が鍵を握っています。
DX‧AIが進まない現実を、より具体的に分解してみます。セミナーや調査データから浮かび上がるのは、マネジメント層が直面する3つの壁です。
過去の日本企業のIT投資を振り返ると、業務効率化やコスト削減といった「守り」の領域に偏ってきた歴史があります。一方、米国はサービス開発や市場分析の強化といった「攻め」の領域にも積極的に投資してきました。
象徴的なのが、産業別のGDP成長率の違いです。米国ではICT産業の成長と並行して、他産業も同じように伸びていました。ところが同じ時期の日本では、ICT産業が伸びても他産業の成長につながらないという、いびつな構造が見られたのです。つまり、日本企業はIT投資自体はしてきたものの、その投資が事業そのものの成長につながらなかったと読み取れます。
この偏りは、足元の生成AI時代にも影を落としています。総務省の2025年の調査によれば、日本では生成AIの活用による効果として「業務効率化や人員不足の解消につながる」が最も多く挙げられている一方、他の3か国(米・ 中・ 独)ではビジネスの拡大や新たな顧客獲得、新たなイノベーションを多く挙げる傾向にあります。総務省の調査では、DX推進の目的を「生産性向上」と答えた企業が約75%と最も多い一方で、「新規ビジネスモデル創出」と答えた企業は36%にとどまっているという数字もあります。ツールは同じでも、何のために使うかの視点が違うのです。そしてその視点は、マネジメント層がどこに向かうかを示せるかに大きく依存しています。
マネジメント層に話を聞くと、「AIもDXも重要だとわかっている」という答えが返ってきます。しかし、実際の経営会議では投資判断が甘くなったり、成果を焦りすぎて打ち切ったりするケースが少なくありません。たとえば、生成AIを導入したものの、数カ月で「期待したほどの効果が見えない」と利用停止を判断してしまう。あるいは逆に「AIを入れれば営業の生産性が倍になる」といった過剰な期待で大型投資を進め、現場が使いこなせず塩漬けになる。こうした極端な判断は、どちらも同じ根っこから生じています。
その根っこは、経験のなさです。自分で触ったことのないテクノロジーを、抽象的な概念として理解している状態。だからこそ、AIならなんでもできるのではという過剰期待と、成果が見えないから無駄という早期撤退の両極端が生まれやすくなります。
PwCの5か 国比較調査でも、この点は鋭く指摘されています。日本の生成AI活用の推進度は平均的ながら効果創出が低く、「期待を上回る」企業の割合は米・ 英の1/4、独・ 中の半分にとどまるという結果が出ています。効果の格差は時間の経過とともに指数関数的に拡大するため、早急に手を打つ必要があると同調査は結論づけています。
同調査が指摘するハイパフォーマンス企業の共通点は、経営変革の目的を持った経営陣のリーダーシップのもとで生成AIを中核プロセスに統合し、強固なガバナンス整備と全社的変革を進めている点です。逆に効果が期待を下回る企業は、生成AIを単なるツールとして断片的に導入していると分析されています。差を生んでいるのは、技術ではなく経営の視点そのものなのです。
最後の壁は、現場側にあります。事業部門の担当者は業務のプロではありますが、データやAIでできることの知識は限られています。
そのため、「AIで何をしたいですか」と聞いても、具体的な答えは返ってきません。経験と勘で回してきた業務の中に、どこにAIを差し込めば価値が生まれるかは、現場だけでは見えないのです。
さらに厄介なのは、事業部の壁です。テーマが大きければ大きいほど、経営課題に近ければ近いほど、複数部門にまたがる取り組みが必要になります。にもかかわらず、現場は自部門の目の前の課題に追われ、部門横断のテーマ設定は後回しになりがちです。
ここで鍵を握るのが、現場と経営の橋渡しを担うマネジメント層です。マネジメント層が自らデータとAIの可能性を理解し、現場に降りていかなければ、課題は掘り起こされないまま埋もれていきます。逆に言えば、マネジメント層が動けば、現場の知恵は必ずついてくるのです。
では、こうした壁をどう乗り越えていけばよいのでしょうか。ここからは、実際に壁を突破した企業の処方箋を見ていきます。
壁の構造がわかれば、打ち手も見えてきます。ここからは、現実の企業が実践してきた3つの処方箋を紹介します。
マネジメント向けの意識改革は、研修会社に丸投げしても機能しません。受講者が「やらされ感」を持ってしまうからです。
ここで効くのが、経営トップ自らのコミットメントです。社長自らが「なぜ今これが必要か」を自らの言葉で語り、自らスポンサーとなって施策をリードする。これだけで受講者の姿勢は大きく変わります。
象徴的なのが、三菱UFJ銀行の取り組みです。同行はマネジメント層約1,500人を対象とした「AI・ データ利活用実践研修」を実施し、終了後数カ月の時点で既に17以上の新規プロジェクト立ち上げを実現しています。
【参考】
「マネジメント層が変われば、成果が変わる」三菱UFJ銀行、生成AI活用高度化への挑戦
背景にあったのは、三菱UFJフィナンシャルグループの人的資本経営の方針と、「プロ人材育成・ リスキル」を喫緊の課題として位置づける強い経営意志でした。
同行ではすでに、デジタルリテラシー向上のためのeラーニングを全社員の必修科目としていたほか、外部資格取得を促す「デジタルスキル認定制度」を導入するなど、担い手向けの施策は進んでいました。ただし、それだけでは全社変革には届かないとの判断から、マネジメント層の意識改革という次の一手に踏み込んだのです。
トップが動けば、部長が動く。部長が動けば、現場が動く。意識改革は、この順番でこそ回っていきます。
2 つ目の打ち手は、研修の設計そのものにあります。AIやデータ活用を座学で学ぶだけでは、現場には戻りません。
効果があるのは、研修の中で各部長が自部署の業務課題を持ち込み、それに対してどんなデータやAIが使えるかをその場でテーマアップする設計です。三菱UFJ銀行の研修でも、「データリテラシー向上のための講義」に加えて、「実践的な演習パート(BIダッシュボード活用、AI上流工程の企画の2テーマ)」という段階を経ることで、より実務で活用可能な形にてスキル向上を図るメニューとして設計されました。
ポイントは、研修後にテーマを社内でブラッシュアップし、スクリーニングを経て実際のプロジェクトに昇華させる仕組みです。こうすることで、部長たちは自分が出したテーマの責任者として「逃げられない」立場に置かれます。研修が終わった瞬間に消えてしまう知識ではなく、実行される施策に変わるのです。
同行の研修の受講満足度が高かった背景にも、このビジネス直結の設計があります。演習の内容がビジネスに則したシチュエーションで構成されていたことが、高い評価につながったと整理されています。
研修は「受けた」で終わりではなく、「自部署の課題を解き始める起点」にする。この設計思想が、17件という具体的なプロジェクト立ち上げを生み出したと言えるでしょう。
3 つ目は、現場との向き合い方です。現場はデータでは動いていません。長年の経験と勘と度胸 、顧客との関係性で動いています。
だからこそ、マネジメント層の役割は「データ活用しろ」と号令をかけることではありません。自ら現場に飛び込み、どこで経験と勘が限界を迎えているか、どこでデータが意思決定を助けられるかを一緒に見つけることです。
たとえば、ベテランの経験だけでは捉えきれない顧客の離反兆候をAIが発見する、属人化していた熟練者の判断基準をデータで可視化して後進に引き継ぐ、過去事例の山から似たケースをAIが瞬時に引き出して提案の質を底上げする──こうしたシナリオが現場と一緒に掘り起こせれば、AIは「押し付けのツール」ではなく「仲間の武器」になります。
重要なのは、データ分析のサイクル全体を俯瞰する視点です。分析で課題を解く力だけでなく、「課題を設定する力」、そして「業務で実際に使う力」、さらに組織全体で活用を定着させる「プロセスをリードする力」の4つが揃ってはじめて、成果は生まれます。そして、分析で課題を解く力以外の3つはすべて、マネジメント層が関与すべき領域なのです。
こうした3つの処方箋を重ねた企業では、たしかに成果が出始めています。では、この先、マネジメント層に求められる役割はどう進化していくのでしょうか。
これまでの仕事の進め方は、「人間が主役、ITはサポート役」でした。人が意思決定し、ITは作業を効率化する道具として機能してきたのです。
しかし、生成AIの登場でこの構造は大きく変わりつつあります。これからは、人間とAIが一体となってビジネスを動かす「コラボレーション」の時代に入っていきます。
この変化の中で、マネジメント層に求められる役割は、単なる「承認者」や「管理者」から、「変革の設計者」へと進化していきます。AIが答えを出せる領域が広がるほど、「何を解くべきか」「どんな成果を目指すか」を定義する上流工程の価値が高まるからです。
AIが「How(どうやるか)」を担う割合が増えれば増えるほど、人間に残されるのは「What(何をやるか)」と「Why(なぜやるか)」の領域です。
どの業務をAIに任せ、どの判断は人が握り続けるのか。AIの出力をどう業務フローに組み込み、どう意思決定に反映させるのか。部門横断のプロジェクトをどう回し、どんな評価指標で成果を測るのか。これらはすべて、マネジメント層の設計力に依存します。
ただし、経験があるというだけでは十分ではありません。課題設定、業務への組み込み、組織としてのプロセスリード──マネジメント層が担うべきは、分析スキルそのものではなく、この「変革をマネジメントする力」です。
野村総合研究所の2025年の調査では、生成AI活用に関わる課題について「リテラシーやスキルが不足している」と回答した企業が70.3%に達し、前年から増加しているという結果も出ています。導入が進めば進むほど、「持続的に使いこなす組織をどう作るか」という次の課題が浮かび上がってきている証拠です。
遠くない未来、この「変革をマネジメントする力」の有無が、企業の競争力を大きく左右するようになるでしょう。AIツールそのものはコモディティ化していきますが、それを経営成果に変換する力は、そう簡単に真似できるものではないからです。
読者のみなさんの組織では、マネジメント層がこの変化にどれだけ向き合えているでしょうか。
DX・ AIの成否を分けるのは、ツールでも予算でもなく、マネジメント層の意識と行動です。日本企業は長らく「守りのIT」に偏ってきた歴史を抱えていますが、その延長線上に生成AIの成果はありません。
大切なのは、マネジメント層が自ら学び、自ら現場に降り、自ら変革のスポンサーになること。三菱UFJ銀行の事例が示すように、本気のトップコミットメントと、業務課題に接続された実践研修、そして現場との橋渡しが揃えば、マネジメント層は確かに動き出します。そして、彼らが動き出した瞬間、現場のDX‧AI活用は一気に加速します。
皆さんの組織でも、まずは「マネジメント層を対象とした変革の打ち手」から検討を始めてみてはいかがでしょうか。
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