製薬業界に押し寄せる「生成AI変革」の波 第四回 生成AIで変わる未来 ヘルスケア業界の行く末と製薬企業がすべきこと

執筆者
公開日
2026.09.03
更新日
2026.09.03

本記事は、Monthlyミクス((株)ミクス発行2026年6月号)に掲載された記事「製薬業界に押し寄せる「生成AI変革」の波 」を転載したものです。
URL:https://www.mixonline.jp/tabid1448.html?acatid=571

これまで3回にわたり、製薬業界における生成AI活用を成功させるための要諦を解説してきた。しかし、製薬企業内部におけるAI活用だけで十分だと思い込むのは危険だ。その先に広がるヘルスケア業界全体の変化を見据えていなければ、遠からず時代に取り残されることになる。生成AIがもたらす変革の波は、医療現場を中心としたヘルスケア業界全体へと波及し始めているからだ。周囲の変化にアンテナを張り、先手を取らなければ、製薬企業は医療のエコシステムから取り残されかねない。最終回となる本稿では、ヘルスケア業界の行く末を想像し、その中で製薬企業がなすべき変革を展望したい。

本記事の執筆者
  • コンサルタント
    鵜飼 武志
    Ukai Takeshi
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    産業基盤事業 責任者
    データタレントエクスペリエンスユニット 統括
    役職
    上席執行役員 CSO(Chief Strategy Officer)
    2023年に当社へ参画。戦略コンサルタントとして培った"業務・組織改革"および"新規事業開発"に関する豊富な経験を活かし、データや生成AIを起点とした業務変革の構想策定からユースケース設計、効果創出に向けた業務適用までを強みとする。様々な業界のクライアント向けに、分析・データ活用組織の立ち上げ、生成AIと既存業務を融合させた新しい業務の設計、属人的な運用管理の構造改革のプロジェクトに従事。2024年に執行役員、2025年に上席執行役員に就任し、2026年より現職。

諸外国で進む生成AIによる医療現場の変化

生成AIの登場により、システムによる価値の出し方は劇的な変化を遂げている。これまでのシステムは、主に「バックエンド」での業務効率化を担ってきた。具体的には、分断された医療データの統合や、無駄の多い事務作業の効率化といった活用である。しかし、諸外国の医療現場では、生成AIは「フロントエンド」で価値創出する方向に急速に進んでいる。例えば、診察室での会話を解析してカルテ入力を自動化するだけに留まらず、国・疾患別の治療ガイドラインや膨大な患者データを読み解き、個々の症例に最適な「治療計画の策定」まで踏み込む支援が始まっている。また、患者に装着したデバイスから得られる位置情報、身体への衝撃、姿勢といった多角的なデータをリアルタイムでAIが解析し、患者の予期せぬ行動や異常な体位を察知して治療活動を最適化する取り組みも実用化されつつある。さらに画像診断領域では、AIを用いて2DのMRI画像を3Dへ変換することで、造影剤使用による患者負担を減らしながら診断精度を確保する試みも行われている。

日本においても同様に、一部でフロントエンドでの活用が始まっている。数年もすれば、単なる諸外国の追随ではなく、日本独自の医療環境に適応した「その先」に進む未来もあり得るだろう。その時、製薬企業のビジネスモデルはかつてない激変に晒されることになる。


生成AIの普及が変える製薬企業の介在価値

では、医療現場の変容は、製薬企業のビジネスモデルにどう影響するのだろうか。

一つの回答として、データ収集の速度や範囲が向上し、医療の「高度化」と「個別化」が極限まで進むのではないだろうか。医師は自身の「部下」としての生成AIを用い、膨大な論文・臨床データ・薬剤の添付文書から患者個別の過去治療方針に至るまで、必要な情報を瞬時に引き出すだろう。さらに過去の治療内容や他の医師の治療方針をAIに提示させ、個別症例の治療方針の検討までAIにサポートさせるだろう。

ここで製薬企業が直面するのは、「MRの介在価値の再定義」だ。自社製品の説明や公開データの紹介に終始するMRは、遠からず生成AIに置き換えられていくだろう。求められるのは、個別の症例に深く踏み込んだ高度な情報提供であり、医師の思考を深めるディスカッションパートナーとしての役割である。さらに言えば、そのオーダーを出す主体は医師ではなく、医師を支える「AIエージェント」になるかもしれない。将来、医師側のAIエージェントから「XX剤治療をしている患者で、ガイドライン等に載っていない併発疾患の疑いがあり、このまま治療を続けて良いか気になっている。参考となる症例や治療事例があれば紹介してくれないか?」という高難度な課題が発信されるようになるのだ。その際、MRはAIエージェントを相手に議論を展開しなければならない。このAIエージェントという「門番」が求める水準の回答を提示できなければ、その先の医師に辿り着くことすら叶わない。すなわち情報提供の際に直接対話するMRを決めるのは、医師ではなく、AIエージェントになるのだ。そのような未来が訪れるかもしれない。


製薬企業に求められる「知見のブースティング」

このような未来を予期した場合、製薬企業は自社のMRに対し、どのようなアクションを取るべきか。

ここで強調したいのは、MRがこれらすべてを己の知識のみで完結させる必要はないということだ。MRもまた、自身を支える生成AIという「最強の部下」を駆使し、自社の知見を瞬時に引き出し組み上げることで、医師側のAIエージェントと対峙するのである。

それを実現するために、製薬企業が持つ豊富な疾患・薬剤知見や医師特性、医療従事者の生の声というアセットを「AIフレンドリー」な形へ変換することだ。せっかくの高度な知見も、個々のMRの頭の中や、フォルダの中でデータベース化されずに眠っていては、AIは活用することができない。AIが活用できる「形式知」として蓄積するプロセス設計や、正しく価値を学習・引用できるようなデータ構造の整備は、次世代のマーケティング活動そのものと言える。

また、こうした変革の副産物として、新たな価値創出もできるはずだ。過渡期においてはAIの活用に戸惑いを感じる医師も少なくないだろう。そうした医師に対し、AIの活用をサポートするパートナーとして伴走できれば、MRの地位はさらに確固たるものになるに違いない。

まとめ:自ら波を起こす存在へ

本稿で描いた未来はあくまで我々が現在進行形の変化から思い描く一つの仮説に過ぎない。この変化を自分たちなりに咀嚼し、自社の未来を改めて考え直し、来るべき変化に向けて今から準備を始めることが、生存戦略として何より肝要なのである。その準備とは、単なるツールの導入ではない。AIが活用できるための徹底した「データ整備」、誰もが恩恵を享受できる「システム環境」の構築、そして何よりそれらを使いこなすための「人材育成」である。さらに、製薬業界の慣習に縛られず、他業界での先進的なAI活用知見を積極的に取り入れ、自社に取り込む姿勢も欠かせない。これらの変革は、DX推進部署や一部のITに明るい社員だけが取り組めば良いものではない。現場のMRからバックオフィスの社員に至るまで、全社員が「自分事」として捉え、自らの業務や提供価値を再定義していく必要があるのだ。

全4回となる本連載では製薬業界における生成AI変革の核心を紐解いてきた。第1回ではビジネス課題に立脚した「目的先行のテーマ設定」「生成AIは部下」という考え方の重要性を説き、第2回はそのケーススタディとして「立ち止まる勇気」を持って問いを深めることで本質的な課題解決につながる瞬間を示した。そして第3回では、リリースをゴールとせず、現場の育成と文化醸成を通じて自走する組織の在り方を提示した。これら3回の要諦に加え、本稿のトピックスである来るべき変化に向けた準備を行う必要がある。押し寄せる変革の波に対し、最新のテクノロジーを最大限活用し、自社ならではの未来を見据えて導ける企業こそ、次世代のヘルスケアリーダーになれると確信している。


このページをシェアする

あなたにオススメの記事

株式会社ブレインパッドについて

2004年の創業以来、「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

メールマガジン

Mail Magazine