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データドリブンなプライシング~従来のプライシング手法の課題解決に必要なもの~(前編)

公開日
2022.12.09
更新日
2024.02.22

データサイエンティストの笹島です。

2022年現在、世界的なインフレ、原油高、円安などによって幅広い分野で商品の調達コストが上昇した結果、値上げが相次いでいます。「プライシング=自社が販売する商品の価格設定をどのように行うか」、多くの企業は多大なる危機感をもってこの課題に取り組んでいることと思われます。

本記事では前編・後編に分け、上記の課題に対するソリューションとしてデータドリブンなプライシングを紹介し、小売企業での導入を念頭に、導入時の問題点と対応策について述べたいと思います。

前編ではプライシングを巡る近年の環境と従来のプライシング手法の考え方を述べ、2022年に入ってからプライシングが難しくなった理由を説明します。データドリブンなプライシングはこの状況の解決策となりうる一方で、ただちに機能するものでは無いことを解説し、それでもその導入を検討すべきであることを最後に述べます。

元々難しくなってきていたプライシング

この30年間、商品のプライシングは徐々に難しくなってきていたと言えます。

その要因としてまず、1990年代以降の恒常的な消費者側からの値下げ圧力が挙げられます。下の図は、約40年前から現在に至るまでの小売価格の値上げ/値下げの傾向を示したものです。バブル景気の終わり(1991年)頃までは消費が日本経済を推進するという考えが広がっており、小売企業などの売り手にとって、利益を確保できるプライシングは比較的容易でした。しかし、1990年代以降は消費者の購買意欲が減退したほか、インターネットによって商品の価格比較が容易になったこともあり、消費者側からの値下げ圧力が現在に至るまで続いています。

これに加え、近年は物価変動のサイクルが短くなっています。2000年代半ばまでは値上げ/値下げの傾向が変わるとその傾向が10年以上継続していましたが、2000年代半ば以降は数年程度で傾向が変わっています。

このような恒常的な値下げ圧力と価格変動サイクルの短期化により、利益を確保できるプライシングは徐々に難しくなってきています

小売価格の推移のイメージ(上田隆穂 (2021)¹など)

従来のプライシング手法と価格決定要因(コスト・競合・バリュー)

これまで、売り手側は主にコストと競合価格の観点から商品価格を決めていました。具体的にはコスト(人件費や直接/間接費)の抑制、あるいは競合企業よりも安い価格を設定すること(いわゆる値下げ競争)によって、利益を確保してきました。

下の図に示すように、商品価格はコストと競合のほか、バリュー(消費者が商品に対して感じる価値など)の3要因によって決められます。

ここでいうバリューとは消費者の感じ方が与える価格への影響を意味し、様々な要因が影響します。例えば、コートやセーターといった冬物商品は暖冬になれば購買意欲が減退するため、既に仕入れている場合は売り手側は値引きなどによる販売数の確保が必要になるかもしれません。また、消費者が「在庫限り」などの広告・表示を見た場合はその商品の売り切れを意識して購買意欲が高まり、比較的高い価格でもその商品を購入する可能性があります。このようにバリューは価格に影響を与えうる消費者の主観や消費者が置かれた状況を指します。

商品価格を決定する3要因の概要
(坂本英雄 (2005)²および(独)中小企業基盤整備機構³より抽出)

価格戦略により3要因のいずれを重視するかは変わるものの、プライシングを行うには本来、この3要因全てを考慮することが望ましい姿といえます。しかし近年は値下げ圧力が続いており、価格競争が激しさを増す中で、コストと競合のみを考慮したプライシングが広く行われているのが現状です。

バリューを考慮したプライシングの難しさ

バリューを考慮したプライシング手法が無い訳ではありませんが、適用範囲は限られます。PSM分析(Price Sensitivity Measurement:価格感度分析)などのアンケートベースのプライシング手法は、商品を購入しようと判断するに至る金額などを複数の消費者に訊くことで適切な商品価格(帯)を見積もるというものです。消費者からみた商品の価値=バリューを把握するという意味で良い手法と言えるでしょう。しかし、このような手法は1商品あたりにかかる工数が大きくなります。また、他社から仕入れた商品など定価と仕入価格が決まっている場合には定価より高い金額は設定できず、更にはアンケートの結果が仕入額より低くなる場合もあり、利益を確保することを前提とすると有効でない可能性もあります。従って、小売企業のように多数の商品を扱い、かつ他社から仕入れる商品が多数(または全て)を占めるような業種にアンケート手法を適用することは非現実的と思われます。

これまでもっぱらコストと競合のみを考慮したプライシングが行われてきたのは、工数や有効性に起因するバリュー把握の難しさが一因と思われます。

以上のように、企業が利益を確保するためのプライシングが難しくなってきている一方、消費者が商品に感じる価値(バリュー)を価格に十分に反映することが工数面などから現実的ではなく、コストと競合のみを意識した値付けが主流という状況が続いてきました。

眼の前にあるプライシングの危機

そして、2022年に入ってからは本記事の冒頭で挙げた事象によって近年にないコスト上昇が起こり、幅広い分野でコストを考慮しつつ利益を確保できる商品価格の設定が困難になりました。このため、恒常的な値下げ圧力が存在する中でもコスト上昇を優先して価格転嫁せざるを得なくなっています。今後も更なる価格転嫁が必要となる可能性もありますが、例えば自社開発した商品を販売している場合、定価の値上げがどこまで許容されるのかを推し量ることは容易ではないでしょう。また、値下げセールなどにおいて一定の利益を確保したい場合、集客効果とコストを考慮しつつ利益確保が可能な値下げ幅を設定することが難しくなっている可能性もあります。

競合の商品価格を参考にする場合でも、コストが上昇し、かつ互いに値上げ幅(あるいはセール時などの値下げ幅)を決めにくい状況では、どの程度まで参考にすればいいか分からないということが起こっているかも知れません。

このように、近年にないコスト高によって、多くの企業は従来の主流であるコスト・競合を考慮したプライシングが困難になったという問題を抱えていることと思われます。

2022年時点で3要因を考慮し価格設定する際の困難さ

データドリブンなプライシング:データによるバリューの評価

このような問題への対応策として、企業はコスト・競合のみを意識したプライシングの考え方から脱皮し、バリューも考慮したプライシングを積極的に導入していく必要があると考えます。コストや競合と併せてバリューを客観的に考慮できるプライシングの方法として、企業が持つデータを活用した「データドリブンなプライシング」が挙げられます。

「データドリブン」とはデータを収集・蓄積しつつ、その分析結果に基づいて意思決定を行うことを指します。企業の多くは仕入価格などのコスト情報に加え、IT化の進展に伴って商品の販売実績や価格の履歴をデータとして蓄積する体制を整備しつつあります。データドリブンなプライシングでは企業が蓄積するデータにAIや数理最適化技術を適用させることで、最適価格(例:利益を最大化する商品価格)を予測(分析)するモデル(以下、予測モデル)を構築します。例えば気象予報や広告の実績といったデータを適用することで、上記の例で述べたようなバリューの影響を定量的に表現することができます。気象予報データを使用する予測モデルを例にすると、1月以降は平年よりも温かいという気象予報が出た場合に「ある冬物商品の価格を20%引き下げるとその商品の販売による利益を最大化できる」といった形でバリューを反映した最適価格の予測が行えます。このような予測モデルにより、利益が確保できる値上げ幅、もしくはセール時などの値下げ幅を設定できる商品を従来より効率的に見出すことが期待できます。

データドリブンなプライシングを導入し、コスト・競合だけでなくバリューも考慮した価格を自社商品に広く適用することで価格設定の精度を高め、今後も続くかもしれないプライシングの危機を克服し、全体としての収支改善を図ることが可能と考えます。

従来の主流のプライシング手法(左)とデータドリブンなプライシング(右)の比較

データドリブンなプライシングの現状における問題

しかし、商品価格が広く値上がりしている現状では、データドリブンなプライシングを導入する上で大きな問題が存在します。

データドリブンなプライシングでは、過去の販売数と価格の実績データ(以下、「販売数ー価格データ」)を用いて予測モデルを構築します。このモデルが予測した最適価格は、過去の「販売数ー価格データ」の変動パターンに基づいていることから、予測可能な最適価格の範囲は概ねモデル構築で用いた「販売数ー価格データ」の価格の範囲に限られます。したがって、実際の最適価格が過去の「販売数ー価格データ」の範囲外にある場合、最適価格を適切に予測することは困難です。

2022年に入ってからは幅広い分野で値上げが続いていることから、対象となる商品の最適価格が過去の価格の範囲に収まっていないことは十分起こりえます。このため、値上げ以前のデータを使って予測モデルを構築しても、最適価格の予測精度が極めて低くなってしまう可能性が高いと思われます。

データドリブンなプライシングを導入しても、蓄積した「販売数ー価格データ」の大部分が値上げ前のものという現状では、直ちに適切な最適価格を予測するのは困難と考えるべきです。

それでもデータドリブンなプライシングは導入すべき

上で述べたように、価格ー販売数データの蓄積が必要なことからデータドリブンなプライシングを今導入しても、すぐには効果を発揮しないものと思われます。しかし、この30年間続いてきた値下げ圧力が簡単に消えるとは考えにくく、元々あったプライシングの難しさは今後も続くことでしょう。従来の手法によるプライシングが困難になった今こそ抜本的な改革のチャンスと捉え、データドリブンなプライシングの導入を検討すべきと考えます。

おわりに

それでは、現在の状況においてデータドリブンなプライシングをどのように導入すればいいのでしょうか?

後編では、過去のデータが使えない場合に、データドリブンなプライシングをできるだけ速やかに実運用させるための工夫、実施可能性や収支改善効果の検証など、現在の情勢での導入に必要な考え方・手段を述べます。

参考文献

  1. 上田隆穂 (2021). 利益を最大化する価格決定戦略, 明日香出版社.
  2. 坂本秀夫 (2005). 現代マーケティング概論, 信山社.
  3. 中小企業基盤整備機構. 価格設定の考え方, (2022/11/15閲覧).

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データドリブンなプライシング~従来のプライシング手法の課題解決に必要なもの~(後編)



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