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生成AIへの期待が高まる一方で、「モデルはできたのに使われない」「ROIを説明できない」といった声は後を絶ちません。なぜAIは、現場の業務や経営判断のなかで“当たり前の仕組み”になりきれないのでしょうか。その理由は、多くの場合、インフラやアルゴリズムではなく、「データの準備・運用・評価の仕組み」にあります。
この記事では、企業が直面しがちなPoC止まりの構造と、そこに潜む課題を明らかにしながら、データセントリックなAI基盤に求められる視点をご紹介します。
※この記事は後編です。前編をまだお読みでない方はこちらから
前編で提言したような「3つの質」を担保する高性能なAI基盤を構築したとしても、多くの実行責任者の皆様が、最後の最後でこのような躊躇に直面することになります。
「これ(AI)を全社に解放したら、統制が取れなくなるのではないか?」 「現場が勝手に使い、情報漏洩やコスト爆発が起きるのが怖い」
この懸念は非常に真っ当なものです。前編で述べた「ガバナンスの壁と崖」は、AI活用を推進する皆様にとって、常に足元で口を開けているリスクです。
しかし、ここで我々が提言したいのは、AIにおけるガバナンスの捉え方を根本から変えることです。
従来のITガバナンスは、しばしば「禁止事項のリスト」や「厳格な承認プロセス」として機能し、現場のスピード感を削ぐ「ブレーキ」と見なされがちでした。
しかし、これからのAIネイティブ基盤におけるガバナンスは、「ブレーキ」ではなく、むしろ安全にAI活用を推進・スケールさせるための「アクセル」(あるいは「ガードレール」や「ナビゲーションシステム」)として設計されなければなりません。
例えば、交通ルール(ガバナンス)がない高速道路では、誰もが事故を恐れて時速30kmでしか走れません。あるいはルールがないからとりあえず、考えなしに取り締まるしかなくなります。しかし、「車線」が引かれ、「速度制限」や「標識」が明確だからこそ、我々は時速100kmで安心してアクセルを踏み込むことができるのです。
AIガバナンスも全く同じです。 「何をしてはいけないか」を禁止する以上に、「何を、どのようなルールと仕組み(基盤)の上でなら、安全に実行できるか」を明確に示すこと。それこそが、現場の萎縮(前編の「ルールの不在による停滞」)を防ぎ、全社的なAI活用のアクセルを全開にする唯一の方法です。
AIガバナンスとは、精神論や分厚いルールブックのことではありません。それは、前編(データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ)で述べたアーキテクチャと密接に連携し、「基盤の機能」として組み込まれるべき仕組みです。
当社は、データ分析のプロフェッショナルの視点から、特に以下の3つのガバナンスを基盤設計に組み込むことを提言します。
AIのインプットである「データの質」を担保する、最も基本的なガバナンスです。
AI、特にディープラーニングは「ブラックボックス」になりがちです。その振る舞いを管理下に置くことが、AIの品質と信頼性を担保する鍵となります。
AI、とりわけ生成AI(LLM)の利用において、CDO/CIOとその右腕層が直面する最大の懸念が「コスト爆発」です。これを防ぐ仕組みは、ガバナンスの最重要課題です。
コストガバナンスとは、単なる「コスト削減(節約)」ではありません。それは「無駄なコスト(価値を生まないAI利用)」を抑制し、「価値を生むコスト(ROIの高いAI利用)」にリソースを集中投下するための、戦略的な“予算管理”です。第3章の「ビジネスKPI監視」と連動させ、「いくら使って、いくら儲かったか」を常に見える化することこそが、本質的なコストガバナンスと考えます。
前編で述べた「高性能なアーキテクチャ(攻め)」と、ここまでで述べた「戦略的なガバナンス(守り)」は、まさに車の両輪です。この両輪が揃って初めて、AIネイティブ基盤は「PoCの壁」と「ガバナンスの崖」を乗り越え、全社的なビジネス価値創出へとスケールしていくことができます。
では、この理想的な基盤を、現実の組織でどのように構築していくべきでしょうか。 最終章では、その実現に向けた具体的な「ロードマップ」を提言します。
前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」で「技術的アーキテクチャ」を、ここまでで「技術的ガバナンス(ルール)」を提言しました。しかし、これらはAIネイティブ基盤という「車の設計図」と「交通ルール」に過ぎません。その車を実際に運転し、価値(目的地)を生み出すのは「ドライバー(人)」と「運用チーム(組織)」です。AI活用がPoCで止まる多くの企業では、この「組織」と「スキル」の変革が伴っていません。
AIネイティブ基盤の運用は、従来のITインフラ運用とは根本的に異なります。IT部門が「インフラ(箱)」を管理し、ビジネス部門が「ユーザー」としてそれを使う、という従来の縦割り構造では機能しません。
よくある失敗例
当社の提言
AIネイティブの時代に求められるのは、「AIを作る専門家(データサイエンティスト)」だけではありません。むしろ、それ以上に重要なのが「AIを“使いこなす”専門家(=ビジネス部門の現場担当者)」です。
従来のスキル(SIer依存モデル)
これからのスキル(内製化・伴走モデル)
当社の提言
AIネイティブ基盤とは、導入して終わりの「システム」ではなく、組織の「能力」そのものです。基盤という「仕組み」だけではなく、それを使いこなすための「人材育成(データリテラシー教育)」や「組織設計(CoE立ち上げ支援)」も、AI活用の成功に不可欠な要素であると考えます。
これまでに述べたAIネイティブ基盤は、決して一朝一夕に完成するものではありません。また、全社に巨大な単一基盤を最初から構築しようとすると、時間とコストがかかりすぎ、かえってビジネスのスピード感を失う結果になりかねません。
重要なのは、前編で述べた「3つの質」の課題を常に念頭に置き、「ビジネス価値」というゴールから逆算して、小さな成功(スモールスタート)を積み重ね、それをスケールさせていくアプローチです。
当社が提言するのは、以下の4つのステップからなる実践的ロードマップです。

AI基盤構築プロジェクトで最もよくある失敗は、「何のための基盤か」を定義しないまま、「インフラ構築(箱作り)」から始めてしまうことです。
これは、前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」で述べた「ビジネスKPI監視ダッシュボード」や「A/Bテスト基盤」で何を測定すべきかを定義する、最も重要なプロセスです。
次に、定義したビジネス課題(Why)を解決する上で、現在「何が足りないのか」を徹底的に棚卸しします。この時、我々が提唱する「3つの質」の観点で課題を整理することが極めて有効です。
「データの質」の課題:
「AI(モデル)の質」の課題:
「評価の質」の課題:
アセスメントで明らかになった課題に対し、いきなりAIモデル(MLOps)から手をつけるのは悪手と考えます。AIの品質はデータで決まるため(データ中心)、AIが使いやすい「データの整備」からスモールスタートします。
ステップ3で「AIの燃料供給(データの質)」が安定化した上で、初めて「AIモデルの運用(AIの質)」と「ガバナンス(守り)」の仕組みを構築し、スケール(全社展開)させていきます。
このロードマップは、巨大な基盤を一気に作るのではなく、「ビジネス価値」を起点としたサイクルを小さく回し、それを育てていくアプローチです。これこそが、CDO/CIOの右腕層である皆様が、経営層に「AI投資のROI」を説明しながら、着実にAI活用をスケールさせていくための、最も現実的かつ効果的な進め方であると我々は確信しています。
本記事では、なぜ多くの企業のAI活用が「PoCの壁」と「ガバナンスの壁と崖」に阻まれるのか、そしてその根源に「3つの質」――すなわち「データの質」「AI(モデル)の質」「評価の質」――の欠如という共通の病巣があることを、我々データ分析のプロフェッショナルの視点から解き明かしてきました。

今、多くのSIベンダーやクラウドベンダーが「AIネイティブ基盤」という名のソリューションを提供しています。それらは、最新のGPU、高速なストレージ、コンテナ技術(Kubernetes)といった、高性能な「インフラ(箱)」を構築することに主眼を置いています。
しかし、インフラを構築しただけでは、「属人化したデータ前処理(データの質)」「陳腐化していくAIモデル(AIの質)」「ROIを説明できないプロジェクト(評価の質)」といった、AI活用の本質的な課題は何も解決しません。
これこそが、AI基盤の構築を「インフラ導入プロジェクト」として捉えることの最大の罠です。 AIネイティブ基盤は、「構築(Build)」がゴールなのではありません。そこから継続的に「ビジネス価値(Value)」を生み出し続けることこそが、唯一の目的なのです。
私たちが提言するのは、単なる「インフラ(箱)」の構築ではありません。 我々がデータ分析の最前線で培ってきた知見のすべてを注ぎ込み、お客様のビジネス課題を解決するために、
これら全てを包含した『AIの価値を継続的に生み出すための仕組み(エコシステム)』を、設計思想の段階からお客様と共に考え、実現することです。
我々データ分析のプロフェッショナルは、AIの「入口(データ)」から「出口(ビジネス価値の測定)」までを深く理解しているからこそ、お客様のAI投資が「コスト」で終わるのではなく、「測定可能な価値」を生み出し続けるための、最も現実的なパートナーになれると確信しています。
皆様が今、パートナー候補に問うべき質問は、「どのクラウドが使えますか?」ではありません。 「この基盤で、どうやって『3つの質』を担保し、どうやって『ビジネス価値』を測定し続けてくれるのですか?」 この一つの問いこそが、貴社のAIプロジェクトを成功に導く鍵となると考えています。
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