クラウドでもLLMでもない。AIが価値を生むかは“データの仕組み”で決まるーーブレインパッドが導くデータセントリック基盤【後編】

執筆者
公開日
2025.12.24
更新日
2025.12.24

生成AIへの期待が高まる一方で、「モデルはできたのに使われない」「ROIを説明できない」といった声は後を絶ちません。なぜAIは、現場の業務や経営判断のなかで“当たり前の仕組み”になりきれないのでしょうか。その理由は、多くの場合、インフラやアルゴリズムではなく、「データの準備・運用・評価の仕組み」にあります。

この記事では、企業が直面しがちなPoC止まりの構造と、そこに潜む課題を明らかにしながら、データセントリックなAI基盤に求められる視点をご紹介します。

※この記事は後編です。前編をまだお読みでない方はこちらから

本記事の執筆者
  • コンサルタント
    石崎 武
    Ishizaki Takeshi
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    データエンジニアリングユニット
    ビジネス開発
    役職
    リード シニアマネジャー
    外資系IT企業、コンサルティングファーム、物流DXソリューションベンチャーにて、各業界のデータ活用による業務改善、システム導入に従事。 2022年にブレインパッドに参画。現在は、データ基盤構想策定、データマネジメント支援を行うチームをリードする。

AI活用をスケールさせる戦略的AIガバナンス

なぜガバナンスは「ブレーキ」ではなく「アクセル」になるのか?

前編で提言したような「3つの質」を担保する高性能なAI基盤を構築したとしても、多くの実行責任者の皆様が、最後の最後でこのような躊躇に直面することになります。

「これ(AI)を全社に解放したら、統制が取れなくなるのではないか?」 「現場が勝手に使い、情報漏洩やコスト爆発が起きるのが怖い」

この懸念は非常に真っ当なものです。前編で述べた「ガバナンスの壁と崖」は、AI活用を推進する皆様にとって、常に足元で口を開けているリスクです。

しかし、ここで我々が提言したいのは、AIにおけるガバナンスの捉え方を根本から変えることです。

従来のITガバナンスは、しばしば「禁止事項のリスト」や「厳格な承認プロセス」として機能し、現場のスピード感を削ぐ「ブレーキ」と見なされがちでした。

しかし、これからのAIネイティブ基盤におけるガバナンスは、「ブレーキ」ではなく、むしろ安全にAI活用を推進・スケールさせるための「アクセル」(あるいは「ガードレール」や「ナビゲーションシステム」)として設計されなければなりません。

例えば、交通ルール(ガバナンス)がない高速道路では、誰もが事故を恐れて時速30kmでしか走れません。あるいはルールがないからとりあえず、考えなしに取り締まるしかなくなります。しかし、「車線」が引かれ、「速度制限」や「標識」が明確だからこそ、我々は時速100kmで安心してアクセルを踏み込むことができるのです。

AIガバナンスも全く同じです。 「何をしてはいけないか」を禁止する以上に、「何を、どのようなルールと仕組み(基盤)の上でなら、安全に実行できるか」を明確に示すこと。それこそが、現場の萎縮(前編の「ルールの不在による停滞」)を防ぎ、全社的なAI活用のアクセルを全開にする唯一の方法です。

基盤に組み込むべき3つのAIガバナンス

AIガバナンスとは、精神論や分厚いルールブックのことではありません。それは、前編(データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ)で述べたアーキテクチャと密接に連携し、「基盤の機能」として組み込まれるべき仕組みです。

当社は、データ分析のプロフェッショナルの視点から、特に以下の3つのガバナンスを基盤設計に組み込むことを提言します。

① データガバナンス:AIの「燃料(データ)」の品質と安全性を守る

AIのインプットである「データの質」を担保する、最も基本的なガバナンスです。

  • データ品質管理: 基盤に取り込まれるデータが、常に最新かつ正確であるかを監視する仕組み。前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」のパートで触れた「フィーチャーストア」は、この品質が担保されたデータ(特徴量)のみをAI開発者に提供する「安全な給油所」として機能します。
  • データセキュリティとアクセス制御: 「誰が」「どのデータに」「どこまで」アクセスして良いかを厳格に管理します。特に、個人情報や機密情報をAIの学習に使う(あるいはプロンプトに入力する)ことを防ぐため、データのマスキングや匿名化をデータパイプラインの段階で自動的に行う仕組みが不可欠です。
  • データリネージ(来歴管理): そのAIが「どのデータ」を学習したのか、そのデータは「いつ」「誰が」「どのように」加工したものかを追跡可能にします。これにより、AIが予期せぬ判断をした際のトレーサビリティ(追跡可能性)を確保します。

② モデルガバナンス:AI(モデル)の「振る舞い」を透明化し、管理する

AI、特にディープラーニングは「ブラックボックス」になりがちです。その振る舞いを管理下に置くことが、AIの品質と信頼性を担保する鍵となります。

  • モデルのバージョン管理: 前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」のパートで触れたMLOpsパイプラインと連携し、「いつ」「誰が」「どのデータで」学習させたモデルが、現在本番環境で動いているかを一元管理します。
  • 公平性(バイアス)の監視: AIが特定の属性(性別、年齢、地域など)に対して不公平な予測や判断をしていないかを継続的に監視します。
  • 説明可能性: AIが「なぜ、その予測(判断)に至ったのか」を可能な限り説明できる仕組み(例:LIME、SHAPなど)を組み込みます。これは、金融機関の与信審査や医療診断など、説明責任が求められる領域で必須となります。

③ コストガバナンス:AIの「投資対効果(ROI)」を最大化する

AI、とりわけ生成AI(LLM)の利用において、CDO/CIOとその右腕層が直面する最大の懸念が「コスト爆発」です。これを防ぐ仕組みは、ガバナンスの最重要課題です。

  • 利用状況の監視と可視化: 「どの部署が」「どのAIモデル(またはAPI)を」「どれだけ(何回、何トークン)利用し」「いくらコストが発生しているか」をリアルタイムで可視化するダッシュボード。
  • 予算としきい値(スレッシュホールド)のアラート: 部署ごと、またはプロジェクトごとに利用予算を設定し、その80%に達した時点などで自動的にアラートを発報します。
  • 利用制御(クオータ管理): 予算を大幅に超過した場合や、明らかに異常なAPIコールが検知された場合に、一時的に利用を制限・停止する仕組み。

当社の提言

コストガバナンスとは、単なる「コスト削減(節約)」ではありません。それは「無駄なコスト(価値を生まないAI利用)」を抑制し、「価値を生むコスト(ROIの高いAI利用)」にリソースを集中投下するための、戦略的な“予算管理”です。第3章の「ビジネスKPI監視」と連動させ、「いくら使って、いくら儲かったか」を常に見える化することこそが、本質的なコストガバナンスと考えます。

前編で述べた「高性能なアーキテクチャ(攻め)」と、ここまでで述べた「戦略的なガバナンス(守り)」は、まさに車の両輪です。この両輪が揃って初めて、AIネイティブ基盤は「PoCの壁」と「ガバナンスの崖」を乗り越え、全社的なビジネス価値創出へとスケールしていくことができます。

では、この理想的な基盤を、現実の組織でどのように構築していくべきでしょうか。 最終章では、その実現に向けた具体的な「ロードマップ」を提言します。

基盤を動かす「組織(体制)」と「スキル」の変革

前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」で「技術的アーキテクチャ」を、ここまでで「技術的ガバナンス(ルール)」を提言しました。しかし、これらはAIネイティブ基盤という「車の設計図」と「交通ルール」に過ぎません。その車を実際に運転し、価値(目的地)を生み出すのは「ドライバー(人)」と「運用チーム(組織)」です。AI活用がPoCで止まる多くの企業では、この「組織」と「スキル」の変革が伴っていません。

① 体制(組織論):なぜ「CoE (Center of Excellence)」が不可欠なのか?

AIネイティブ基盤の運用は、従来のITインフラ運用とは根本的に異なります。IT部門が「インフラ(箱)」を管理し、ビジネス部門が「ユーザー」としてそれを使う、という従来の縦割り構造では機能しません。

よくある失敗例

  • ビジネス部門は「AIでこんなことがしたい」と要求するが、IT部門は「インフラの安定稼働がミッションであり、データの中身やAIモデルの精度は関知しない」と回答する。データサイエンティストは両者の板挟みになり、疲弊してしまう。

当社の提言

  • AIネイティブ基盤の価値を最大化するには、IT部門(基盤)、ビジネス部門(課題)、データサイエンティスト(分析)の三者を繋ぐ「ハブ」となる組織、CoE (Center of Excellence) の設置が不可欠です。
  • このCoEが、全社のAI活用を統括します。
    • 守りの役割:本章で述べたガバナンス(ルール)を策定・維持し、基盤の標準化(ガードレール)を推進する。
    • 攻めの役割:現場のAI利活用を促進(アクセル)し、成功事例を横展開し、全社的なAIリテラシーを底上げする。

② 人材(スキルシフト):なぜ「SIer依存」から「内製化」へのシフトが必要か?

AIネイティブの時代に求められるのは、「AIを作る専門家(データサイエンティスト)」だけではありません。むしろ、それ以上に重要なのが「AIを“使いこなす”専門家(=ビジネス部門の現場担当者)」です。

従来のスキル(SIer依存モデル)

  • 現場は「要件」を定義し、IT部門がそれをSIerに「発注」する。現場はデータの中身や仕組みを理解する必要はない。

これからのスキル(内製化・伴走モデル)

  • AIの価値は、現場の業務プロセスとデータに深く根差している。外部のSIerが「AIモデルを作って納品」するだけでは、前編「失敗の根源にある『3つの質』の欠如」で述べた「モデルの劣化(ドリフト)」や「ビジネス価値(ROI)への接続」に対応できない。
  • 求められるのは、現場の担当者が自らデータを理解し、AI基盤(ツール)を使いこなし、小さな改善サイクルを回せるスキルセット。
  • これは、従来の「IT部門への丸投げ」から、「ビジネス部門が主体となったAI活用(=広義の内製化)」への根本的なスキルシフトを意味する。

当社の提言

AIネイティブ基盤とは、導入して終わりの「システム」ではなく、組織の「能力」そのものです。基盤という「仕組み」だけではなく、それを使いこなすための「人材育成(データリテラシー教育)」や「組織設計(CoE立ち上げ支援)」も、AI活用の成功に不可欠な要素であると考えます。


データ中心AIネイティブ基盤実現へのロードマップ

これまでに述べたAIネイティブ基盤は、決して一朝一夕に完成するものではありません。また、全社に巨大な単一基盤を最初から構築しようとすると、時間とコストがかかりすぎ、かえってビジネスのスピード感を失う結果になりかねません。

重要なのは、前編で述べた「3つの質」の課題を常に念頭に置き、「ビジネス価値」というゴールから逆算して、小さな成功(スモールスタート)を積み重ね、それをスケールさせていくアプローチです。

当社が提言するのは、以下の4つのステップからなる実践的ロードマップです。

ステップ1:目的の明確化とビジネスKPIの定義(「評価の質」の設計)

AI基盤構築プロジェクトで最もよくある失敗は、「何のための基盤か」を定義しないまま、「インフラ構築(箱作り)」から始めてしまうことです。

  • 「何を作りたいか(What)」ではなく、「どのビジネス課題を解決したいか(Why)」から始める
    例:「高精度な需要予測モデルを作りたい」ではなく、「欠品による機会損失を10%削減したい」
  • 「評価の質」を最初に設計する
    AIプロジェクトの成否を測る「ビジネスKPI」(売上、コスト削減額、解約率など)を、プロジェクト開始時点で事業部門と合意します。

これは、前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」で述べた「ビジネスKPI監視ダッシュボード」や「A/Bテスト基盤」で何を測定すべきかを定義する、最も重要なプロセスです。

ステップ2:現状(As-Is)アセスメント(“3つの質”の観点での棚卸し)

次に、定義したビジネス課題(Why)を解決する上で、現在「何が足りないのか」を徹底的に棚卸しします。この時、我々が提唱する「3つの質」の観点で課題を整理することが極めて有効です。

「データの質」の課題:

  • そのKPI(例:欠品率)を改善するために必要なデータ(例:販売実績、在庫、天候、イベント情報)は、すぐに利用可能か?
  • サイロ化していないか? 鮮度・品質は担保されているか?

「AI(モデル)の質」の課題:

  • 過去に作った予測モデルが、陳腐化(ドリフト)したまま放置されていないか?
  • モデルの品質を監視する仕組みは存在するか?

「評価の質」の課題:

  • 現在、そのKPI(例:欠品率)を正確に測定できているか?
  • 施策(AI)の効果を科学的に検証(A/Bテスト)する術はあるか?

ステップ3:データ基盤(フィーチャーストア)からのスモールスタート

アセスメントで明らかになった課題に対し、いきなりAIモデル(MLOps)から手をつけるのは悪手と考えます。AIの品質はデータで決まるため(データ中心)、AIが使いやすい「データの整備」からスモールスタートします。

  • 最初のユースケース(課題)に特化した「フィーチャーストア」を構築する
    • 全社のデータを集めるのではなく、ステップ1で定義した「欠品率削減」に必要なデータ(販売実績、在庫等)に絞り込みます。
    • それらをAIが使いやすい「特徴量」として加工し、一元管理する小さなフィーチャーストア(前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」参照)を構築します。
  • 「データの質」が担保されることを実証する
    • この時点で、「これまでデータ準備に3ヶ月かかっていたものが、3日でできるようになった」という小さな成功を生み出します。これは、AI開発のリードタイム短縮という明確なビジネス価値です。

ステップ4:MLOpsサイクルとガバナンス体制の構築・全社展開

ステップ3で「AIの燃料供給(データの質)」が安定化した上で、初めて「AIモデルの運用(AIの質)」と「ガバナンス(守り)」の仕組みを構築し、スケール(全社展開)させていきます。

  • 最初のMLOpsパイプラインを構築する
    • フィーチャーストアのデータを使って「需要予測モデル」を構築し、その性能を監視・自動再学習するサイクル(前編「データセントリックなAIネイティブ基盤アーキテクチャ」参照)を実装します。
  • 最初のガバナンスを適用する
    • このモデルのコストや利用状況を監視するダッシュボード(第4章参照)を接続し、「安全に使える仕組み」を確立します。
  • 成功パターンの横展開
    • この「フィーチャーストア+MLOps+ガバナンス」という一つの成功パターン(アーキテクチャ)を、次のビジネス課題(例:「解約率の改善」)へ横展開していきます。
    • フィーチャーストアも、ユースケースが増えるごとに追加学習され、組織全体の「データの資産」として成長していきます。

このロードマップは、巨大な基盤を一気に作るのではなく、「ビジネス価値」を起点としたサイクルを小さく回し、それを育てていくアプローチです。これこそが、CDO/CIOの右腕層である皆様が、経営層に「AI投資のROI」を説明しながら、着実にAI活用をスケールさせていくための、最も現実的かつ効果的な進め方であると我々は確信しています。


おわりに:AI基盤は「構築」がゴールではなく、「価値」を生み出し続けることが目的

本記事では、なぜ多くの企業のAI活用が「PoCの壁」と「ガバナンスの壁と崖」に阻まれるのか、そしてその根源に「3つの質」――すなわち「データの質」「AI(モデル)の質」「評価の質」――の欠如という共通の病巣があることを、我々データ分析のプロフェッショナルの視点から解き明かしてきました。

今、多くのSIベンダーやクラウドベンダーが「AIネイティブ基盤」という名のソリューションを提供しています。それらは、最新のGPU、高速なストレージ、コンテナ技術(Kubernetes)といった、高性能な「インフラ(箱)」を構築することに主眼を置いています。

しかし、インフラを構築しただけでは、「属人化したデータ前処理(データの質)」「陳腐化していくAIモデル(AIの質)」「ROIを説明できないプロジェクト(評価の質)」といった、AI活用の本質的な課題は何も解決しません。

これこそが、AI基盤の構築を「インフラ導入プロジェクト」として捉えることの最大の罠です。 AIネイティブ基盤は、「構築(Build)」がゴールなのではありません。そこから継続的に「ビジネス価値(Value)」を生み出し続けることこそが、唯一の目的なのです。

私たちが提言するのは、単なる「インフラ(箱)」の構築ではありません。 我々がデータ分析の最前線で培ってきた知見のすべてを注ぎ込み、お客様のビジネス課題を解決するために、

  • 「3つの質」を担保する「アーキテクチャ」
  • 安全にスケールさせる「ガバナンス」

これら全てを包含した『AIの価値を継続的に生み出すための仕組み(エコシステム)』を、設計思想の段階からお客様と共に考え、実現することです。

我々データ分析のプロフェッショナルは、AIの「入口(データ)」から「出口(ビジネス価値の測定)」までを深く理解しているからこそ、お客様のAI投資が「コスト」で終わるのではなく、「測定可能な価値」を生み出し続けるための、最も現実的なパートナーになれると確信しています。

皆様が今、パートナー候補に問うべき質問は、「どのクラウドが使えますか?」ではありません。 「この基盤で、どうやって『3つの質』を担保し、どうやって『ビジネス価値』を測定し続けてくれるのですか?」 この一つの問いこそが、貴社のAIプロジェクトを成功に導く鍵となると考えています。


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株式会社ブレインパッドについて

2004年の創業以来、「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

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