衛星データ活用の新標準へ。生成AIによる「あいまい検索」が拓く、ビジネスの新たな地平

公開日
2025.10.28
更新日
2025.10.28

宇宙から取得された衛星データは、事業戦略の高度化や社会インフラの最適化において、十分な活用可能性のある情報資産です。しかし、「新たな石油」とも呼ばれるこのデータの価値を十分に引き出せている企業や自治体は、いまだごく一部に限られます。その背景には、専門知識の不足、コストの大きさ、そしてデータ形式の複雑さという根深い課題が存在します。

ブレインパッドは、誰もが衛星データの恩恵を享受できる未来のために、これらの課題の抜本的解決を目指して、生成AI技術を駆使した新サービス「Orbital Sense」をリリースしました。専門知識を持たない利用者でも、日常的に使う「自然言語」をインターフェースとすることで、衛星データ活用をより実務的かつ広範に展開できる新たなステージへと引き上げるソリューションです。

この記事では、Orbital Senseがどのようにして衛星データ活用の壁を打ち破るのか、その技術的な背景から具体的な活用シナリオ、そして未来の展望までを解説します。

本記事の執筆者
  • 志知 晃広
    データサイエンティスト
    志知 晃広
    Shichi Akihiro
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    プロダクトユニット
    2023年にブレインパッドに新卒入社。主に自社プロダクトのMVP開発・顧客価値検証に従事。数理アルゴリズムからUI/UXまで幅広く担当。
  • データサイエンティスト
    嶋 直紀
    Shima Naoki
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    アナリティクスコンサルティングユニット
    大学院修士課程を修了後、2023年にデータサイエンティストとしてブレインパッドに新卒入社。入社後は広告業界のデータ活用案件に従事。機械学習モデルによる広告ターゲティングの開発・運用まで一貫して担当。その後、金融業界で法人融資渉外のデータ活用支援を行っている。
  • カスタマーサクセス
    山下 斐央
    Yamashita Hiiro
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    プロダクトユニット
    大学院修士課程を終了後、2023年にコンサルタントとしてブレインパッドに新卒入社。入社後は小売・エンタメ業界のデータ活用案件に従事。ダッシュボードの画面設計、データベース設計・テーブル作成、実装まで一貫して担当。その後、プロダクトユニットに移り、自社プロダクトRtoasterの活用支援を行っている。
  • データサイエンティスト
    吉野 倫太郎
    Yoshino Rintaro
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    アナリティクスコンサルティングユニット
    大学院博士課程後期課程卒業、2023年にデータサイエンティストとしてブレインパッドに新卒入社。これまでに広告、マーケティング分析アセット作成、拡散モデルサービス開発、時系列モデル検証、CRM案件などを担当。

なぜ衛星データの活用は難しいのか?立ちはだかる「3つの壁」

これまで多くの企業が衛星データ活用に挑戦しながらも、本格的に使いこなすことができている企業は多くありません。その理由は、大きく3つの壁に集約されます。

壁①:データを読み解くための専門知識が不足している

壁②:技術開発に要するコストが膨大すぎる

壁③:「非構造化データ」の扱いが難しい

それぞれひとつずつ説明していきます。

①専門知識の壁

衛星データを読み解き、ビジネスに活用できる知見を得るには、地理空間情報(GIS)やリモートセンシングといった高度な専門知識が不可欠でした。「特定の波長の光の反射率から、植物の活性度を測る」といった専門的な分析は、誰もができるものではありませんでした。

②技術開発コストの壁

膨大な衛星画像を保管するストレージ、高速に処理するための計算リソース、そして特定の目的(例:建物だけを検出する)のためだけに新たなAIモデルを個別に開発・学習させるための多大な時間とコストが、導入への高いハードルとなっていました。

③「非構造化データ」という本質的な壁

これが最も根深い課題です。ビジネスで一般的に扱われる売上データや顧客リストは、Excelの表のように整理された「構造化データ」です。一方、衛星画像は、テキスト・音声などと同じく、決まった形式を持たない「非構造化データ」に分類されます。

非構造化データは、その名の通り構造化されていないため、コンピュータが「意味」を理解するのが非常に困難です。例えば、一枚の衛星画像から「建物の密集度が高い地域」や「土砂崩れの兆候がある斜面」といったビジネス上有用な情報を抽出するには、従来、専門家が目視で判断するか、前述の通り専用のAIモデルを個別に開発する必要があったのです。


マルチモーダルによるデータ理解のブレイクスルー

3つ目の「非構造化データの壁」を解決するためのブレイクスルーとなったのが、生成AI、特に「マルチモーダルLLM(大規模言語モデル)」です。

画像と言葉の壁を超える「マルチモーダルAI

従来のAIが主にテキスト情報のみを扱っていたのに対し、マルチモーダルAIは、テキスト、画像、音声など、複数の異なる種類のデータ(モダリティ)を同時に理解し、関連付けることができます。

これにより、人間が「海が見えるしずかな高台」という言葉(テキスト)から実際の高台の情景(画像)をイメージできるように、AIもテキストと画像を同じ「概念」として理解し、関連付けられるようになりました。

Orbital Senseの核心技術:自然言語で「意味」を検索する仕組み

Orbital Senseは、このマルチモーダル技術の応用によって、衛星データ活用における革命的なインターフェースを実現しました。その核心となるのが「マルチモーダルエンベディング」です。

これは、テキストが持つ「意味」と、画像が持つ「視覚的な特徴」を、共通の意味空間(ベクトル空間) と呼ばれる、コンピュータが理解できる数値の集まりとして変換(写像)する技術です。

マルチモーダルエンベディングのイメージ図

この技術により、例えば「海が見えるしずかな高台」というテキストを入力すると、AIはその意味を解釈し、意味空間上で最も近い位置にある衛星画像を瞬時に探し出すことができます。これは、画像にあらかじめ与えられたタグ情報に頼るのではなく、画像そのものの内容や文脈をAIが直接理解して検索できるということです。この「あいまい検索」の技術こそが、専門知識を不要にし、誰もが直感的に衛星データを扱えるようにする鍵なのです。

「海が見えるしずかな高台」の検索

ビジネスシーンにおける構造データ×非構造データのハイブリッド検索

Orbital Senseの活用可能性は、衛星データ(非構造化データ)の解析だけに留まりません。既存の統計データや業務データといった構造化データと組み合わせる「ハイブリッド検索」によって、さらにその真価を発揮します。具体的なビジネスシーンを2つ見ていきましょう。

Case 1: 不動産開発

ある不動産会社が、具体的な条件に基づいてリゾート開発用地を探しているケースを想定してみます。

  • 探している土地のイメージ:
    • 絶対条件(構造化データで判断可能):
      1. 神奈川県内
      2. 駅から徒歩20分圏内
      3. 用途地域が「第一種低層住居専用地域」または「第二種低層住居専用地域」
    • 希望条件(マルチモーダルAIでの判断が有効):
      1. 海が見渡せる、眺めの良い高台
      2. 周辺に緑が多く、静かな環境
      3. ある程度まとまった広さの未開発地

AIエージェントによるインテリジェントな検索プロセス

人間がこれらの条件を入力すると、Orbital Senseの裏側で機能するAIエージェントは、最適な検索戦略を自律的に設計し、実行してくれます。

  • Step 1: AIによる検索クエリの分解と戦略立案
    AIエージェントが、入力された要求を「決定論的な条件」と「概念的な条件」に分解。「絶対条件」は構造化データ(地理情報データベース)で、「希望条件」はマルチモーダルAIによる衛星画像のあいまい検索で探すのが最適だと判断します。
  • Step 2: 構造化データによる候補地の一次絞り込み
    地理情報データベースにアクセスし、「神奈川県内」「駅から徒歩20分圏内」「指定された用途地域」で高速にフィルタリング。数百の候補エリアをリストアップします。
  • Step 3: マルチモーダルAIによる概念検索と最終候補の抽出
    絞り込まれたエリアの衛星画像に対し、Orbital Senseが「海が見える眺めの良い高台」「緑豊かで静穏な環境」「未開発の広大な土地」といった概念的な条件で検索を実行。人間の直感に近い観点で抽出された有望な土地を数件の最終候補として順位付けしたうえで、地図上に可視化します。

Case 2: 店舗の出店戦略・マーケティング

次に、これまでにない新しいコンセプトのカフェを展開するチェーン店の店舗開発担当者のケースを考えてみます。

  • 出店したい店舗のペルソナ・コンセプト:
    • ターゲット顧客層(構造化データで判断可能):
      1. 都心部
      2. 20~30代の単身者・DINKSの比率が高い
      3. 世帯年収が平均以上
    • 理想のエリアイメージ(マルチモーダルAIでの判断が有効):
      1. リノベーションされたお洒落な建物や個人経営の店舗が点在する
      2. 大通りから一本入った、落ち着いた雰囲気の路地がある
      3. クリエイティブな雰囲気を感じさせる街

AIエージェントによるインテリジェントな商圏分析

これまでは、今回のケースのような「街の雰囲気」という定性情報は、担当者が歩き回る現地調査に頼るしかありませんでした。AIエージェントは、このプロセスをデータドリブンに自動化します。

  • Step 1: AIによるクエリ分解と戦略立案
    AIエージェントは、ターゲット顧客層の条件は構造化データ(国勢調査、マーケティングデータ)で、エリアイメージは非構造化データ(衛星画像など)で分析する戦略を立てます。
  • Step 2: 構造化データによる商圏エリアの一次絞り込み
    マーケティングデータベースを検索し、「都心部」「20~30代の人口比率」「世帯年収」といった条件に合致する駅・市区町村を数十箇所に絞り込みます。
  • Step 3: マルチモーダルAIによる「街の雰囲気」の解析
    絞り込んだエリアの衛星画像をOrbital Senseが解析します。「古い建物を改装したような特徴的な屋根の店舗」「歩道が整備され街路樹が多い」「画一的でない、多様なデザインの建物が並ぶ区画」といった視覚的特徴から、”クリエイティブで落ち着いた雰囲気”という概念に合致するかどうか、該当のエリアをスコアリングします。
  • Step 4: データフュージョンによる意思決定支援
    最終的に、スコアの高いエリアを地図上に可視化。さらに、既存店のPOSデータとも連携することで、「自社の優良顧客が多く住むエリアの街並みと似ている場所はどこか?」といった高度な分析も可能になります。これにより、経験と勘に頼りがちだった出店戦略を、客観的なデータに基づいて高精度化・高速化できるのです。

未来展望:自律的に思考し、判断する「AIエージェント」へ

ブレインパッドが目指すのは、単なる検索ツールの提供ではありません。将来的には、データを分析する人間の相棒のように、自律的に思考し、最適な問題解決プロセスを判断・実行する「AIエージェント」 への進化を見据えています。

ここまでのビジネスシーンで想定してきた、AIが「決定論的な条件」と「概念的な条件」を使い分ける動きこそ、我々が構想するAIエージェントの萌芽であると捉えています。

例えば、経営層から「首都圏において、水害リスクが低く、将来的な地価上昇が期待される、大規模物流センターの建設候補地を5件、定量的な根拠とともに報告せよ」といった高度な要求があったとします。

これに対し、未来のAIエージェントはどのように思考して、問題を解決していくのか、簡単に考えてみましょう。

  • タスクの分解: 与えられた要求を、「水害リスクの評価」「地価上昇可能性の予測」「物流センター候補地の物理的条件の洗い出し」といった複数の小さいタスクに分解します。
  • 最適なデータソースと分析手法の判断: 各タスクを解決するために、どのデータ(構造化 or 非構造化)を、どの手法で分析すべきかを自ら判断します。
    • 水害リスクの評価: ハザードマップと過去の浸水履歴(構造化データ)をまず参照する。さらに、衛星画像(非構造化データ)から「周囲よりも標高が低い窪地」を抽出し、潜在的なリスクも評価する
    • 地価上昇の予測: 過去の地価データと人口動態予測(構造化データ)から回帰分析を行い、期待されるエリアを予測する
    • 物理的条件の洗い出し: 用途地域や面積の条件は法規制・登記データ(構造化データ)で絞り込む。その上で、「大型トラックが搬入できそうな、前面道路が広い土地」という条件を衛星画像(非構造化データ)で確認する
  • 自律的な分析実行とレポーティング: この判断に基づき、エージェントはそれぞれのデータベースへのアクセスとOrbital Senseによる画像解析を自律的に実行し、最終的に複数の候補地を参照したデータとともにレポーティングします。

このように、AIエージェントは単にデータの処理・分析を補助するだけでなく、課題解決のためのプロセスそのものを立案・実行する存在へと進化していきます。人間は、AIが提示した質の高い分析結果を頼りにして、より本質的な意思決定に集中できるようになっていくのではないでしょうか。

貴社のビジネスを、宇宙の視点からアップデートする

私たちブレインパッドは、20年以上にわたり、データ活用とAIのプロフェッショナルとして、お客様のビジネス成長に貢献してきました。しかし、さらなる本質的な価値を生み出すには、私たちの技術だけではなく、お客様が現場で培ってこられた専門知識やデータの融合が必要であると確信しています。

Orbital Senseは、この融合を加速させるための強力なツールです。

「自社のこの課題は、宇宙から見たデータによって解決できないか」
「このデータと衛星データを組み合わせることで、どんな新しい価値が生まれるか」

少しでもご興味をお持ちいただけましたら、ぜひ一度お話をお聞かせください。貴社のビジネス課題を、新たな視点から解決するディスカッションの機会を、心よりお待ちしております。

【参考】
ブレインパッド、ジオテクノロジーズと「生成AI×地理空間データ」の共同研究を開始

本技術や具体的な活用方法に関するお問い合わせは、こちらよりお願いいたします。


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株式会社ブレインパッドについて

2004年の創業以来、「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

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