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近年、小売業界ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性が叫ばれ、店舗運営においてもデータを活用した効率化や高度化が求められています。
棚割の分野では、すでに複数のベンダーからパッケージソフトウェアやクラウドサービスが提供されており、店舗の売場づくりを支援するためのさまざまな機能が利用可能になっています。
本記事では、まず棚割作成に伴う課題を整理し、次に主要なソフトウェアやサービスがどのような機能を持つのかを概観します。そのうえで、当社の小売業界での経験とデータサイエンス活用の知見をもとに、棚割DXの勘所をわかりやすく整理してお伝えします。
本記事の内容は、GoogleのNotebookLMを利用して作成した音声版でもお聞きいただけます。
生成AIによって自動生成された音声のため、多少の違和感や表現のゆらぎがありますが、通勤中などの「ながら聞き」にぜひご活用ください。
小売業の実店舗における棚割作成は、顧客にとっては商品の探しやすさや購買体験に直結し、店舗にとっては売上や利益、さらには補充などの運用コストにも大きな影響を与える重要な業務です。
しかし、その作成には多くの手間と時間がかかり、担当者の経験や勘に依存する場面も少なくありません。特にチェーン展開を行う小売業様では、標準化や効率化と商圏のお客様に合わせた店舗ごとの最適化のバランス調整に苦慮されているのではないでしょうか。さらには、膨大な商品データの扱い、複数部署との調整など、現場は常に多くの課題を抱えています。
人手による棚割の設計や更新は、担当者の経験や勘に強く依存するため属人化しやすい傾向があります。判断基準や作業が手順化されず、情報の共有が不十分であるなどの理由から、異動や退職によってノウハウが失われやすくなります。その結果、店舗間や時期によって棚の品質や一貫性が揺らぎ、再現性のない運用が常態化するリスクが高まります。
チェーンストアの棚割の管理においては、本部で全店共通の棚割を設定すると、業務効率が上がり、ブランド体験の一貫性も保ちやすくなります。さらに、補充ルールや在庫管理も統制しやすくなるという利点があります。一方で、地域特性や立地、顧客層といった店舗ごとの事情を十分に反映するのは難しくなります。逆に、棚割を各店舗に任せると、それぞれに最適化は進みますが、方針の統一が難しくなり、本部の意図やKPIとの乖離が起きやすくなります。棚構成がバラバラになることで、発注や補充オペレーションの統制が取りにくくなる点も課題です。このように、全体最適と個別最適のバランス調整は、常に難しいテーマとなっています。
実務では、このバランスを取るために、店舗を売上規模・立地条件・顧客層などの基準でグループ分けし、グループごとに異なる棚割を設定する方法がよく用いられます。これにより、完全に店舗ごとへ対応するほどの負荷をかけずに、一定のローカライズを実現できます。ただし、グループ分けの基準や粒度をどう設定するのか決めるのは難しく、最適なバランスを探ることが課題となります。
棚割作成から承認、実行、検証までには、本部・店舗・仕入れ部門・メーカー・卸など多数の関係者が関わります。新商品の導入や終売商品の扱い、棚替え時期と仕入れスケジュールの整合、販促計画や取引条件の反映など、社内外との調整業務が必須です。あわせて、棚割図面や商品リスト、POSデータ、在庫情報など取り扱う情報の種類も多岐にわたり、業務は非常に煩雑になります。結果として、棚割作成は単なる設計作業にとどまらず、広範な調整と情報管理を伴う負荷の大きい業務となります。
棚替えや棚割の見直しは、繁忙期や販促期と重なることが多く、短期間での対応を迫られます。本部の棚割作成担当者は、限られた人員と時間の中で計画や準備を進める必要があるため、負担が非常に大きくなります。その結果、店舗への変更の反映が遅れて販促機会を逃してしまうケースも発生します。
POSやID-POS、在庫情報など、多くのデータは企業内に蓄積されていますが、部門間の連携不足やフォーマット・定義の違い、分析リソース不足などの理由で、棚割設計に十分活かされていません。現場が分析結果を理解し活用する体制も整っていない場合、結局は経験則や慣習に依存した棚割運用が続くことになります。
棚割を設計する際には、以下の4項目の決定が重要です。
棚割の出発点は「どの商品を取り扱うか」という品揃えの決定です。商圏の人口構成やライフスタイル、季節要因、トレンド、過去のPOSデータなどを基にSKUを選定します。カテゴリ数(幅)と各カテゴリ内SKU数(深さ)のバランスを取ることで、選びやすさと在庫効率を両立できます。過剰な品揃えは在庫負担となり、顧客に対しては迷いを生みます。少なすぎると売上機会を逃します。
陳列商品を顧客が直感的に探せるようにグループに分類する工程です。用途や機能、カテゴリー、メーカー、価格帯などの切り口で分け、関連性の高い商品を隣接させます。例えば調味料なら「和風」「中華」「洋風」に、日用品ならブランド別にまとめるなどが有効です。
グループは棚割設計の基本単位となり、棚内での位置や段数、フェイス数(陳列面数)の配分について、この単位で大まかに決定します。グルーピングは品揃えとの相互調整が必要になることもあり、例えばその結果として重要な商品が埋もれたり棚に収まらなかった場合には、品揃えの幅や深さを見直すことがあります。
グループ化した商品を売場全体や棚内のどこに配置するかを決める工程です。動線や視線の流れを踏まえ、注力商品は目線の高さに置く「ゴールデンゾーン」に配置します。入口付近やレジ前など、人通りの多い場所への配置も効果的です。カテゴリーの境界を明確にしつつ、買い回りしやすい順序で並べることで回遊性を高め、売上向上につなげます。
ゾーニングはグルーピングの配置結果を基にしますが、棚のスペースや視認性、動線の都合で再調整が必要になることがあります。この過程でグルーピングの区分や品揃えの構成を再度見直す場合もあります。
各商品のフェイス数(陳列面数)を決定する作業です。売れ筋商品はフェイス数を多く確保し、目立たせると同時に補充頻度を減らします。不振商品は最小限にし、スペースを有効活用します。フェイシングの配分は売上、粗利、在庫回転率に直結し、売場の印象にも影響します。シミュレーションや需要予測を活用することで、限られた棚スペースの価値を最大化できます。
フェイシングはゾーニング後の最終調整段階ですが、面数の制約や売場の見え方を考慮してゾーニングやグルーピングを見直すこともあります。特に限られたスペースの中で注力商品を確保する際には、前段階へのフィードバックが重要です。
棚割の効果や効率を評価するためには、複数の観点からKPI(重要業績評価指標)を設定・モニタリングすることが重要です。以下は主な分類と指標例です。
これらのKPIは単独で評価するのではなく、相互の関係性を踏まえて総合的に判断することが不可欠です。例えば、粗利額が向上しても売上額が大幅に減少すれば集客力の低下につながりかねませんし、在庫回転率を高めすぎると欠品による機会損失が発生する可能性があります。交叉比率は総合的な指標ではありますが、交叉比率だけを重視すると在庫を過度に圧縮して欠品リスクを高める可能性があります。各指標のバランスを見極めながら、棚割設計の最適化を図ることが求められます。
棚割作成を支援するソリュ-ションは、国内外の複数のベンダーから提供されています。これらは、什器や商品の配置、売上データを用いた分析、AIによる自動棚割生成など、従来の手作業では難しかった業務を効率化・高度化する機能を備えています。
本章では、主要なソリュ-ションを取り上げ、それぞれがどのような仕組みや特長を持っているのかを整理し、現状どのようなことが可能になっているのかをご紹介します。
※なお、製品ごとに設計思想やカバーする範囲には差異があるため、ここでの比較は当社リサーチによる一面的な整理にとどまる点をご留意ください。
国内の棚割管理ソフト市場は、日本総合システムの「StoreManager GX」とサイバーリンクスの「棚POWER/店POWER」が主要製品として広く普及しています。これら2製品が市場の中心を占める一方で、Tanagram(NTTドコモ)やMiseMise(Preferred Networks)といったAIを活用した新興製品も登場しつつあり、棚割業務の効率化や指標の最適化を目指す新しいアプローチが広がり始めています。
StoreManagerGX-Rは小売業の棚割管理業務の効率化を目的とした国内トップシェアを誇るシステムで、チェーンストアの棚割管理業務全般をカバーすることができ、大規模チェーンや多店舗展開企業を中心に導入が進んでいます。
棚割分析機能では、POSデータや販売実績に基づき多様な分析が可能で、商品構成や配置の妥当性を検証できます。さらに、商品の入れ替えや陳列数の変更が売上に与える影響をシミュレーションでき、予測的な活用も可能です。
AI自動棚割サービスは、膨大な棚割データやパターンをAIが学習することで、店舗ごとの売場サイズ、売上実績、立地特性、顧客層など多様な要素を考慮しながら、最適な棚割を自動提案できる点を強みとしています。
小売店で蓄積された実際の品揃えパターンには、現場の知見やノウハウが詰まっており、これを活かすことで実用性の高い棚割提案を実現していると考えられます。結果として、手直しの必要が少ない棚割を実現し、業務の効率化と自動化に強みを発揮することが想定されます。
こちらも国内トップシェアを誇る棚割システムで、食品・日用品など幅広い業界に導入されています。基準棚割の作成から派生棚割の生成、分析、提案書作成まで一連の業務を支援します。直感的な操作性を備え、メーカー・卸・小売をつなぐ業界標準ツールとして国内で広く普及しています。
自動棚割作成機能を搭載しており、基準棚割をもとに追加・削除やフェイス調整を自動化することができます。AIによる最適化ではないと考えられますが、これまでの導入小売での現場制約・知見をルール化することでこの自動化を実現していると想定されます。ストアマネージャー同様、実践的な棚割の実現に強みがあると想定されます。
「Tanagram」は、多くの時間と経験が必要となる棚割作業を、AIとデータ分析で効率化するソリューションです。POS・ID-POSや市場データ(インテージSRI+)を活用し、独自のアルゴリズムによって店舗ごとに最適な棚割を自動生成する機能を持ちます。
他の棚割ソフト同様、分析機能も備えていますが、特に強みとなるのはAIによる棚割自動生成と外部市場データとの連携と想定されます。AIについては、「実際の棚割業務の現場でのニーズを反映したドコモ独自のアルゴリズム」と説明されています。
AIによる数値最適化を前面に掲げ、売上や粗利の改善を目指す次世代型ソリューションです。店舗×SKUレベルで商品の期待売上数量をAIが予測し、その結果を基に最適な棚割を自動生成します。単に効率化するだけでなく、データに基づく精緻な意思決定を可能にします。
さらに、什器のサイズ・段数などの物理的制約や、バイヤーの販売方針といった人間の意図をルールとして組み込み、現実的な棚割を実現します。AIによる需要予測とビジネスルールの両立を特徴とし、店舗ごとに最適化されたプラノグラム(棚割表)を迅速に提案する仕組みが強みと想定されます。
海外では、AIや需要予測を活用して棚割を自動生成するソフトウェアが普及してきています。ここではその代表例として、RELEX Solutions(フィンランド発) と SymphonyAI(米国発) を紹介します。両社はいずれも先進的な棚割生成の仕組みを備え、導入実績も多いです。
需要予測を在庫・補充計画と連動させ、さらにその結果を棚割に反映できる点が特徴です。例えば、POSデータや季節要因をもとに売れる数量を予測し、その数量に応じて在庫や物流を最適化し、各店舗に最適なプラノグラムを自動生成します。こうした「サプライチェーンと棚割を一体化した仕組み」は欧州・北米の大手小売で広く採用されています。
購買データや予測モデルを活用し、プラノグラムを自動生成するソリューションです。需要変化に応じて複数の棚割案をシナリオとして提示し、カテゴリーリセット(カテゴリー全体の棚割を一度に見直し更新する作業)の短縮と売場改善を両立できる点が特徴です。小売企業だけでなく、消費財メーカーの棚割提案業務にも利用されています。
両社のソフトウェアはともに「需要予測+最適化」を用いており、売上や粗利の改善を狙った高度な仕組みを備えています。ただし実際の事例で最も大きく表に出ているのは、作業時間の短縮や標準化といった業務効率化の効果です。つまり、利益面の改善が期待できる一方で、導入直後に実感できるメリットは「棚割業務のスピードアップと効率化」である点が強調されています。
本章では、当社が実際にAI棚割や最適化システムの導入を支援する中で得た経験をもとに、現場で直面しやすい課題や検討すべき論点を整理します。
棚割の自動化・最適化は技術的には可能でも、データ整備、現場知の反映、関係者調整など多面的な要素が絡むため、単にツールを導入するだけでは期待した成果に結びつきません。
以下では、導入プロセスで押さえておくべき重要な視点を、できるだけ具体的な事例を交えて紹介します。
棚割の自動化や最適化を進めるには、POSデータ、商品マスタ、什器の寸法や個数、商品の寸法・JANコードの変更履歴・棚以外の陳列の有無など、複数の情報が必要です。
商品コード、商品名、カテゴリ、容量、価格、仕入先など、棚割設計や分析の基礎となる属性情報を含みます。マスタ情報が不正確または未更新だと、同一商品の重複登録や誤分類が生じ、分析精度や棚割設計の信頼性が低下します。特にPOSやID-POSと突き合わせて分析する際には、商品マスタの整備状況が結果の精度を左右します。
JANコードの変更履歴は、同一商品の実績がコード変更で分断されるのを防ぎ、正確な販売実績を把握するために必要です。商品カテゴリによっては、容量変更やパッケージ刷新のタイミングでJANが頻繁に変わることがあり、これを放置すると売上や回転率の集計が不正確になります。統合ルールを事前に設けて管理することで、予測モデルの精度も安定します。
什器における陳列可能な数量や配置パターンを算出し、補充頻度や作業効率を考慮した棚設計を行うために必要です。特に什器サイズが統一されていないチェーンや、店舗ごとに什器レイアウトが異なる場合、正確な寸法情報がないとシミュレーション結果が現実と乖離しやすくなります。商品の寸法も同様で、わずかな違いがフェイシング数や補充回数に影響します。
理想は全て揃えることですが、現実には難しい場合も多く、まずは利用可能なデータで運用を開始し、不足分は並行して整備していくアプローチが有効です。
売上予測だけで棚割を組むと、シリーズ商品の欠落や価格帯の偏りなど、現場視点で違和感のある棚割になることがあります。例えば、シリーズ商品の一部が欠けて統一感を損なったり、カテゴリ内で特定の傾向(例:低価格帯や甘口フレーバー)に偏った商品構成となり、多様性が失われて顧客の選択肢が狭まるケースです。
当社の需要予測と最適化にもとづくモデルベースのアプローチの場合、こうした問題は、最適化の制約や条件がモデルで考慮されていないことが原因で起こります。改善するためには、店舗として「どの程度シリーズの網羅性を重視するか」「カテゴリ内の多様性をどこまで確保するか」といった方針を明確にし、それをモデル設計に反映させる必要があります。
初期モデルはあくまでたたき台とし、実際の出力を現場担当者に確認してもらいながら、暗黙知を反映するサイクルを回すことが不可欠です。
粗利最大化、売上額向上、在庫回転率改善など、棚割の効果を測るKPIは複数存在します。いずれか一つだけを追求すると、他の指標が悪化するリスクがあります。例えば、高粗利商品に偏らせすぎると売上額が下がり、集客力の低下につながることがあります。
そのため、クライアントの経営方針や現場の実情を踏まえ、複数KPIをバランスよく達成できるような最適化を行うことが重要です。データサイエンティストだけでなく、本部バイヤーや店舗担当者との協働が、最適解の導出には不可欠です。
AI棚割の効果を評価する際には、いくつかの注意点があります。
同一店舗で従来棚割とAI棚割を同時に比較することは難しく、時期をずらして適用しても季節要因や販促施策の違いが影響する可能性があります。
類似店舗間で比較する方法もありますが、店舗ごとの微妙な条件差が結果に影響し、棚割の違いによる効果を純粋に切り出すのは簡単ではありません。
また、AI棚割の効果がまだ未知数な段階では、検証のための適用店舗数を限定したいという要望も多く、サンプル数の不足によって分析精度が制約を受けることもあります。
こうした場合には、「統計的因果推論」などの分析手法が有効ですが、現場条件やデータ特性によっては理論通りに適用できないこともあり、柔軟な検証設計が重要になります。
ここまでご紹介したように、棚割には多くの課題や工夫があり、ソフトウェアやAIの進化によって選択肢も広がっています。
当社が棚割最適化の取り組みをご支援する場合は、こうした最新の技術やこれまでPJで培った知見・経験を活かし、当社のコンサルタントやデータサイエンティスト、お客様の本部や現場が一丸となって、活きた棚割を一緒に作り上げることを目指しています。
「うちの棚割はもっと改善できるのでは?」と感じられた方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
【参考】
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