製薬業界に押し寄せる 「生成AI変革」の波 第一回 生成AI導入失敗の前駆症状 「とりあえず生成AI」はなぜ危険か

執筆者
公開日
2026.06.10
更新日
2026.06.10

※本記事は、Monthlyミクス((株)ミクス発行2026年年3月号に掲載された記事「製薬業界に押し寄せる「生成AI変革」の波 」を転載したものです。
URL:https://www.mixonline.jp/tabid1448.html?acatid=571

複雑なデータの読解と創造的な出力を可能にする「生成AI」の波は、あらゆる産業で新たな価値を創出している。世界では、治療データや論文を活用した医師の治療選択支援や、患者の価値観に合わせた病院・ 医師の紹介などに使われている。この波は日本の製薬企業にも押し寄せ、患者体験や医療従事者との対話、 ひいてはMRの在り方をも変える可能性を秘めている。本連載では、この不可逆的な変化に対応すべく、製 薬企業が押さえるべき視点・ノウハウを全4回で解説する。今回の連載第1回は、生成AI導入失敗の前駆 症状である「とりあえず生成AI」と、そこから脱却する処方を紐解く。

本記事の執筆者
  • 株式会社ブレインパッド 鵜飼
    コンサルタント
    鵜飼 武志
    Ukai Takeshi
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    エンタープライズユニット/フィナンシャルインダストリーユニット/データタレントエクスペリエンス
    役職
    上席執行役員
    外資系コンサルティング会社にてキャリアをスタートし、データ活用・分析を起点とした経営改革・業務変革を強みとする。2023年よりブレインパッドに参画。 データを意思決定や業務に活用し、経営効果創出に至るためのプランニングから、顧客分析結果を基に施策を企画し、データに基づくマーケティングプロセスの設計支援を主に提供。2024年に執行役員に就任、2025年より現職。

「とりあえず生成AI」が招く必然の失敗

ブームを受けて生成AI導入を試みるも、業務適用できずに検証止まりとなる「PoC倒れ」で終わる企業が後を絶たない。

もし、上司の指示だから、流行っているから、「とりあえず生成AIで何かしたい」や「とりあえず生成 AIでできる業務効率化」という曖味な動機でプロジェクトが始まったのであれば、「PoC倒れ」となる可能性が極めて高い。

これを回避するポイントは大きく2つ。「目的先行でのテーマ設定」を行うことと、「生成AIは部下」であると理解することである。言葉にすると当然に思えるが、意外と浸透していないポイントだ。

ポイント1 目的先行でのテーマ設定

「目的先行でのテーマ設定」は、営業・マーケ部門とIT部門/DX 推進担当が連携し、生成AI導入の目的と理想状態を明確に定めることを指す。

テーマ検討の際は、既存データを起点に生成AIに何をさせるか考えるのではなく、「ベテランMRのノウハウ継承」や、「現場MRの苦悩を解消する体験創出」といった課題からテーマを導くべきである。例えば、医師のWeb行動データを用いて生成AIで何らか自動化しようと考え、「Web行動に基づく医師訪問タイミングの自動提案」というテー マを設定したとする。一見便利そうだが、現場「行って何を話すのか?」と疑問を持ち、行動が変わらない。しかもこれは手動作業の代替という側面が強く、RPAで十分な可能性もある。

一方で、MRの苦悩を紐解いて「医師別トークの台本化」というテーマを設定し、実現手段としてWeb行動データと処方データを活用したとする。具体的には、安全性に特長がある製品に対し、「この医師は競合薬の副作用を懸念してWeb検索しているため、自社製品の安全性データをフックに訪問すべき」という仮説と共に「先日のWeb講演会でも話題になりましたが・・・」といったトー ク台本まで提示する。これならMR も、自分の営業活動を助ける参謀として生成AIを受け入れられる。

このように、自社のアセットやノウハウをテーマへと昇華でき、社員が実現したい業務の具現化方法として生成AIが選ばれたとき、生成A Iは真にビジネスを変える強力な武器となる。

ただし、現場はテクノロジーのプロではない以上、単にヒアリングするだけでは、忙殺されている目下の困りごとが並ぶだけで、不十分だ。 営業・マーケとIT部門/DX推進 担当が膝を突き合せ、現場の泥臭い課題とテクノロジーを接続させる共創プロセスこそが、自社独自のテーマを具現化する最良の道といえる。

ポイント2 生成AIは部下

「生成AI は部下」は、ユーザーや開発サイドが「上司」として責任を持ち、生成AIに対し論点を設定することを指す。

皆さんは生成AIのことを、答えを生み出す「魔法の杖」や、新しい視点や指示をくれる「アドバイザリー」と思っていないだろうか。実際は、生成AIは「指示待ちの部下」なのだ。

ChatGPTのような対話型AIの場合、ユーザー自身が「上司」として論点を与え、責任を持ってアウトプットを評価・修正する姿勢が求められる。例えば議事メモを基に議事 録作成を指示する場合、「決定事項と保留事項を分けて」といった具体 的な指示(論点)を与える人と、出てきた要約をそのまま採用する人では、成果物の質に雲泥の差が生まれる。

一方で昨今注目が集まる自律型A Iエージェントは、自らインプットを解釈し観点をまとめてアウトプッ トしてくれるためユーザーの論点設 定能力に依存しないが、その代わり開発時点で判断基準(論点)を与えておく必要がある。例えば、学会発表や面談記録を分析し「次回面談の訴求ポイント」を提案するAIエー ジェントを開発する場合を考えてみよう。最初は単にキーワードを拾っ た提案しかできないかもしれないが、「この発言は競合薬への不満を示唆するため、自社の安全性データを提示すべき」といった熟練MRの 判断プロセスを基に、調整を重ねるのだ。これは、熟練者の暗黙知を形式知化し、生成AIという部下に論 点を与えて教育する過程そのものだ。自律型AIエージェントは、ユー ザーにとっては自ら論点設定してくれる夢のようなツールだが、その裏では開発段階で論点を磨き上げる人間が不可欠なのだ。

生成AIという部下への論点設定をおろそかにすると、ユーザーは「曖昧な指示ばかり出し部下の言葉を鵜呑みにする上司」に、生成AIは「ポテンシャルを発揮できない部下」になってしまう。これがPoC倒れのもう1つの原因だ。


生成AIは「魔法の杖」ではなく「最強の部下」

生成AI導入の成否を分けるのは、技術力ではなく、「ビジネスを変革するテーマ設計」と「生成AI を部下として使いこなす論点設定」 という、極めて人間的な能力である。

これを意識せず「とりあえず生成AIの基盤や環境の構築・導入だ」という思考停止に陥れば、生成AI プロジェクトは単なるコストセンターへと成り下がる。かつてのDX ブームにおける「とりあえずDX」と同じ失敗を繰り返してはならない。

本当にビジネスを変えるには、足元の業務と働く人、およびその人がやりたいこと・望む体験と、テクノロジーでできることを見つめ直し、「生成AIと共に、どんな自社ならではのビジネスを創るか」を考え続 ける必要がある。

次回は、ある製薬企業が「PoC倒れ」を回避し、生成AI導入を成功 させるまでの軌跡をケーススタディ形式で追体験する。現場で陥りやすい落とし穴と、それを突破する具体的なプロセスに迫りたい。


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