製薬業界に押し寄せる「生成AI変革」の波 第三回 生成AI導入後のユーザー離れ防止策 現場の生成AI理解がなぜ必要か

執筆者
公開日
2026.08.06
更新日
2026.08.06

本記事は、Monthlyミクス((株)ミクス発行2026年5月号)に掲載された記事「製薬業界に押し寄せる「生成AI変革」の波 」を転載したものです。
URL:https://www.mixonline.jp/tabid1448.html?acatid=571

これまでの連載では「とりあえず生成AI」の危険性と、処方箋としての「目的先行でのテーマ設定」および「生成AIは部下」という考え方を提示した。この考え方を守って導入効果を徹底的に考え抜き、企画を通し、開発が完了してシステムが導入できたとしても、その瞬間をゴールと見なしてはならない。新たなテクノロジーを導入しても、組織や人が変わろうとしなければあっという間に使われなくなり、かえってコストが増えてしまうのだ。第3回となる本稿では、生成AIを定着させるために必要な組織や人の変化、特に現場のリテラシーに着目する。

本記事の執筆者
  • コンサルタント
    鵜飼 武志
    Ukai Takeshi
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    産業基盤事業 責任者
    データタレントエクスペリエンスユニット 統括
    役職
    上席執行役員 CSO(Chief Strategy Officer)
    2023年に当社へ参画。戦略コンサルタントとして培った"業務・組織改革"および"新規事業開発"に関する豊富な経験を活かし、データや生成AIを起点とした業務変革の構想策定からユースケース設計、効果創出に向けた業務適用までを強みとする。様々な業界のクライアント向けに、分析・データ活用組織の立ち上げ、生成AIと既存業務を融合させた新しい業務の設計、属人的な運用管理の構造改革のプロジェクトに従事。2024年に執行役員、2025年に上席執行役員に就任し、2026年より現職。

生成AI導入はゴールではない

生成AI導入までを完璧に進められたとしても、導入後も現場への浸透や課題の抽出・解決を続けなければ、システムは使われなくなりユー ザーは離れていく。ユーザー離れは従来の自動化ツールでも直面する課題だが、生成AIの場合は特にIT部門/DX推進担当だけでは解決できないことが多い。生成AIにおいては、データやプロンプトの充実という、現場依存度が高い新たな注意点も生じるからだ。現場がビジネスを加速させる当事者である以上、現場の生成AI理解は避けて通れない。


導入時は「完璧」だったのに・・・・・・

機能に問題がない生成AIでも、現場の使い方が適切でなければ回答精度は下がる。結果、生成AIは本領を発揮できていないだけだとしても、現場は徐々に使わなくなってしまう。このようなすれ違いは、現場のデータ・プロンプトへの理解不足から生じる。

「有意義な意見交換でした」では生成AIは動けない

質の悪いデータを入力すれば、当然ながら回答精度は下がる。例えば、医師との面談記録を基に生成AIにネクストアクションを提示させる場合を考えてみよう。

面談記録が「A先生と新薬について有意義な意見交換ができた」という漠然とした記載であると、生成AIは有効な示唆を出せない。生成AIは魔法の杖ではなく最強の「部下」なのだから、面談記録には医師の関心領域・話題に上がった症例・競合品の採用状況などを、できるだけ具体的に記載するべきだ。そうすれば、生成AIも「A先生が関心を示された○○の合併症例について、当社製品の有効性を示す最新の論文を持参し、関連する院内勉強会の開催を打診してください」といった示唆を出せる。

生成AIが真価を発揮するには、現場が収集・格納するデータについて、生成AIが活用できるだけの質を担保する必要があるのだ。

現場が「生成AIの気持ち」を考えられているか

対話型AIの場合、精度の高い回答を引き出せるかは、ユーザーのプロンプト作成スキルにも依存する。例えば生成AIを活用し医師との面談を準備する場合を考えてみよう。プロンプトが「B先生への効果的なアプローチを教えて」のように抽象的であると、教科書通りの一般論が的外れな構成で返ってきてしまう。生成AIは、情報不足でもなんとか回答を返そうとするからだ。一方で「B先生は現在競合品Xをメインで処方しているが、高齢患者の副作用リスクを懸念している。自社製品の安全性を示す最適な臨床試験データと提示ストーリーを、以下のフォーマットで作成して」というように、やってほしいことを丁寧に入力すれば、期待した回答が得られる可能性は高い。指示を出された生成AI(= 部下)の気持ちになって背景・前提や論点を与えて初めて、真に実務で使える回答を得られるのだ。

しかし、いきなり完璧なプロンプトを作るのは難しいため、最初は生成AIに何度も指示を出す必要があるだろう。だが一度納得のいく回答を得られたら、最後に生成AIに「この回答を得るには最初にどのような指示が必要だったか?」と尋ねるとよい。有用なプロンプトがわかり、次回以降は試行錯誤を短縮できる。この方法を知っているかどうかで、プロンプトの入手難易度は大きく変わる。


生成AIを使い続けるためには

データ・プロンプトへの適切な対応が分からず生成AIの回答精度が下がるのは、非常にもったいない。さらに、現場自身が回答精度を上げる工夫ができなければ、小さな躓きのたびに失敗体験が積み重なり、ユーザー離れにつながりかねない。それを避けるには、現場がデータ・プロンプトを試行錯誤し課題解決できる必要がある。

では、現場が自ら試行錯誤し生成 AIを使い続ける組織になるには、何が必要なのか。結論から言うと、個人の生成AIへの理解を深める「育成」と、理解を深めた人が孤立せず組織全体で生成AIへの関心を高め続ける「文化醸成」の並行実施 である。個人の自己解決能力を向上させ、それを組織全体に波及させることで、最終的には現場だけで学習・成長のサイクルが回るようになるからだ。

「育成」では、組織全体に知見を吸収させ、生成AIでの課題解決と周囲への助言ができる人材へと育てる。

「文化醸成」では、「育成」を起点に生成AI活用の小さな成功体験を作り、それを社内外に周知することで経営層や関心の薄い層も巻き込んで、生成AI活用を浸透・強化していく。

「育成」と「文化醸成」によって組織全体で成功体験を積み重ねれば、現場における生成AI活用の優先度が自然と高まる。するとあるとき、蓄積された知見・関心が化学反応を起こし、生成AIが自在に扱えるようになって疑問の発生〜解決のサイクルが急激に短縮される。それまでは諦めずに1つ1つ実績を積み重ねることが大切だ。

自走する組織こそが競争優位の源泉

生成AIシステムは、決して本稼働がゴールではない。自社の課題を解決し競争優位性を保つことが本来の目的だったはずである。その実現には、「育成」と「文化醸成」を続け、 現場自身が生成AIを用いた試行錯誤をし続けるよう、組織や人を変えていかなければならない。それこそが、生成AIシステムのユーザー離れを防ぎ、真の競争力を確保する鍵である。

次回の連載最終回では視点をさらに広げ、「生成AIで変わる未来」を考察する。生成AIの影響がヘルスケア業界全般におよび、医療の高度化・個別化や、患者向けサポートエージェントの普及が起こりうる中、製薬企業はどのような役割を担うべきか。その行く末とあるべき姿を展望したい。


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