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「人的資本経営に関する調査」集計結果発表~アンケートから見える、経営陣と従業員のギャップ~

公開日
2022.09.05
更新日
2024.02.26

経済産業省は「人材版伊藤レポート2.0」に合わせて「人的資本経営に関する調査」を行っています。これは2020年9月の「人材版伊藤レポート」で示された「経営陣および取締役が果たすべき役割・アクション」について、どの程度進捗しているのかを調べるものです。

この調査により、日本企業の人的資本経営に関する現状と、それに対する関係者(経営陣・管理職・従業員など)の認識を把握することができます。

ここでは、この「人的資本経営に関する調査」の集計結果の概要を、「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~ 実践事例集」の事例を交えながらご紹介します。

リスキリングの意義などをより深く知りたい方はこちらもご覧ください。
なぜ今「リスキリング」が必要なのか?DX時代に生き残るための、人材育成の考え方と3つのステップ

調査対象・方法

調査対象は、東証一部、東証二部、東証マザーズ、JASDAQいずれかの市場へ上場している企業の経営陣と従業員です。調査票は郵送で配布し、Web上で回答を依頼しています。

質問内容

この調査および集計の狙いは、企業の経営陣にとっては自社実態を確認すること、従業員にとっては、経営陣との間の認識のギャップに気づいてもらうことです。そのため、質問も経営陣向けと従業員向けで分かれています。

  • CEO・CHROをはじめとする経営陣向け

「人材版伊藤レポート」をもとに、自社の人的資本経営の進捗についての認識を問うものです。

  • 従業員(非管理職)向け

「人材版伊藤レポート」にある「人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素」に関して、自社の進捗状況をどう認識しているかを問うものです。

3つの視点と5つの共通要素

「人材版伊藤レポート2.0」では、「経営戦略と連動した人材戦略の策定・実行」について、3つの視点と5つの共通要素が示されています。

3つの視点

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
  2. 「As is-To beギャップ」の定量把握
  3. 企業文化への定着

5つの共通要素

  1. 動的な人材ポートフォリオ
  2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
  3. リスキル・学び直し(デジタル/創造性等)
  4. 従業員エンゲージメント
  5. 時間や場所にとらわれない働き方

「3つの視点と5つの共通要素」の詳細については「人材版伊藤レポート2.0」改定の背景とサマリーを参考にしてください。

【関連】「人材版伊藤レポート2.0」改定の背景とサマリー


人的資本経営の取り組みの進捗(全体像)

まずは、全体のまとめをご紹介します。

理解しているが実践していない

全体的に、「3つの視点と5つの共通要素」など理念の理解は進んでいますが、まだまだ具体化しているとはいえません。経営戦略は明確化されているものの、人材戦略への連動には至っていないといえるでしょう。

遅れている項目は?

経営陣が遅れを感じているのは、次の5つの項目です。

①「As is-To beギャップ」の定量把握の中の投資対効果の把握

②動的な人材ポートフォリオ全体
③投資家との対話
④取締役会の役割の明確化
⑤経営人材育成の監督

なかでも「動的な人材ポートフォリオ」については、経営陣・従業員ともに遅れているとの認識が多くなっています。

経営陣と従業員の差は?

経営陣に近くなるほど人的資本経営の取り組みは進捗していると感じ、経営陣から遠くなるほど、遅れていると感じている傾向にあります。


経営陣の認識

経営陣向けの質問とその回答について、事例を交えて概略をご紹介します。

進んでいる要素は「企業理念・存在意義・経営戦略の明確化」

「企業理念、企業の存在意義や経営戦略の明確化」には次の4つの要素があります。

  1. 企業理念の明確化
  2. 経営戦略の明確化
  3. 施策・時間軸の具体化
  4. 経営陣の責務の明確化

これらは、いずれも比較的進んでいるという認識です。

「経営戦略の明確化」が進んでいる事例:アステラス製薬株式会社

アステラス製薬では、「経営計画2021」に基づいて「人材に関する目標(組織健全性目標)」を設定しています。それによって人事が経営層や事業部門とともに戦略を実現する体制に移行してきました。

社外から新たにGlobal head of HRを迎えることで人事部門の役割を進化させることを目指しています。具体的には、事業部門の質を高めるという形でビジネスパートナー化することです。そのため、データドリブン経営と連動したデータドリブンのHRに取り組んでいます。

また、全社一体でパフォーマンスの高い組織を実現するため、「経営計画2021」で組織健全性目標を設定しています。これは、文化やマインドセットといったソフト面の強化を目指したものです。

さらに能力次第で経営ポジションへの人材登用を行ったり、グローバルな社内転職市場を実現したり、経営陣の多国籍化を進めたりしています。これによって、それぞれの人材のポテンシャルを最大限に引き出すことが可能です。

ただし、進んでいる項目ばかりではありません。これ以降は、経営陣が遅れを感じている5つの項目について説明します。

投資対効果の把握の遅れ

「As is-To beギャップ」の定量把握のうち、投資対効果の把握はあまり進んでいません。

重要性は認識されているが、対応策が未検討という企業が多いのです。

投資対効果の把握が進んでいる事例:伊藤忠商事株式会社

伊藤忠商事では、人事施策を重要な経営戦略と位置づけています。例えば、人材戦略の戦略目標ごとに期待される成果を開示したり、労働生産性を重視して関連情報を発信したりするなど、さまざまな施策を実行中です。

人的資本経営については、人的資本投資に関するKPIと施策を明示し、その効果を把握するという方法で、投資対効果やKPIを把握しています。従業員の能力開発に充てた時間や費用、エンゲージメントサーベイスコアなど、KPIとして計測する要素も全従業員にとってわかりやすく明示されているのもポイントです。さらに人的資本の拡充策は、継続的に見直しが行われています。

投資家との対話の遅れ

積極的な対話・発信の中では、従業員との対話は比較的進んでいます。しかし、投資家との対話はあまり進んでいません。

投資対効果の把握と同様、重要性を認識し議論はしているが対応策が未検討という企業が多いようです。しかし「重要性を認識していない/議論していない」と回答した企業も比較的多い(7.6%)のが特徴的です。

ここでは、投資家との対話が進んでいる事例ではありませんが、従業員との対話が進んでいる事例をご紹介します。

従業員との対話が進んでいる事例:株式会社丸井グループ

丸井グループでは、全ての事業をステークホルダーとともにつくる「価値共創経営」を進めています。ステークホルダーの中でも従業員の役割を重視しており、従業員の自主性の尊重や従業員とのコミュニケーションには力を入れています。

例えば、「手挙げ」の文化により従業員の自主性に基づいた配置・育成を実現してきました。グループ間職種変更異動やスタートアップとの共創で、従業員一人一人の多様性獲得や成長促進にも配慮しています。

さらに従業員との対話については、多様性が活かされる組織基盤として重視してきました。心理的安全性を確保するため対話のルールを明示し、従業員の話しやすさを確保して、効果を上げています。さらにアンコンシャスバイアス研修や「ジェンダーイクオリティプロジェクト」により、全社的なダイバーシティへの意識醸成にも努めています。

動的な人材ポートフォリオの遅れ

動的な人材ポートフォリオは、経営陣からも従業員からも遅れが指摘されている項目です。特に経営陣には、全ての項目で遅れが認識されています。

ただし、重要性が認識されていないわけではありません。「重要性を認識していない/議論していない」と回答した企業は、どれも5%以下と、非常に少なくなっています。

どの項目でも、「重要性を認識/議論はしているが対応策が未検討」な企業と、「具体的な対策を検討している」企業がそれぞれ4割前後です。しかし、大半の企業が具体的な目標(いつまでに、どのような人材を、何人くらい)の設定まで至っていません。その結果、対応策を実行している段階に達している企業は2割程度と、非常に少ないものです。

さらに、次の3つの項目は動的な人材ポートフォリオとの相関関係が高くなっています。

  1. 経営戦略と人材戦略の連動
  2. 「As is-To beギャップ」の定量把握
  3. リスキル、学び直し

これらの項目は、動的な人材ポートフォリオと互いに影響を与え合う可能性があり、同時に検討を行うことが有効だと考えられます。

では、動的な人材ポートフォリオが比較的進んでいる事例を2つご紹介します。

動的な人材ポートフォリオが進んでいる事例1:旭化成株式会社

旭化成では、経営戦略と連動した人材ポートフォリオを作成し、それに基づいて計画的に採用・育成を行っています。さらに採用すべき人材の質と量を年一回全社で洗い出し、人材ポートフォリオを拡充しているのも特徴的です。

また2020年度からKSA(活力と成長アセスメント)を導入し、上司と部下の関係や職場環境、従業員の活力、成長につながる行動を把握し、より良い環境づくりに活かしています。

さらに、高い専門性を持ち活躍が期待される人材を「高度専門職」として位置づけました。高度専門職に認定されると役割が明確になり待遇も向上しますが、状況は毎年モニタリングされるというものです。高度専門職の人数は毎年増加しています。

動的な人材ポートフォリオが進んでいる事例2:KDDI株式会社

KDDIでは、経営層や各事業部門と人事部門が密接に連携し、経営戦略と人事戦略の連動に力を入れています。事業の変化に必要な人材を確保・育成するため、人事が主導して人材ポートフォリオを活用し、事業戦略に沿った適所適材を実現してきました。

さらに採用活動においても、今後目指す姿と現状との間にある人材ギャップを把握し、不足分を補うような採用・育成を行っています。

取締役会のアクションの遅れ

取締役会のアクションには5つの項目がありますが、なかでも取締役会の役割の明確化と経営人材育成の監督が遅れています。どちらも「重要性を議論/議論はしているが対応策は未検討」という企業が4割弱です。重要性が認識されていないわけではありませんが、取り組みは遅れています。

また、人材戦略を議論する取締役会の体制構築では、取り組みが進んでいる企業と進んでいない企業の二極化が見られます。「重要性を議論/議論はしているが対応策は未検討」が3割強、「対応策を実行している」が3割弱です。

また、人材戦略を議論する取締役会の体制構築では「重要性を認識していない/議論していない」という企業が13.1%もあります。

経営人材育成の監督が進んでいる事例:東京海上ホールディングス株式会社

東京海上ホールディングスでは、CHROが国内外を問わず、多様な人材の採用や計画的な育成と、その仕組みの整備に取り組んでいます。

人材ポートフォリオをもとに、年齢や在籍年数にかかわらず、能力によって管理職へ抜擢しています。これはスピード感のある人材育成を狙ってのことです。また、各CEOに必要な能力の要件や望ましい業務経験を定め、役員間で共有することで、経営陣レベルで人材要件の明確化を可能にしました。

さらに、グループのシニアリーダー層向けの研修、ミドル層向けの研修、国内の中堅リーダークラス向けの研修など、幅広い階層で選抜型の研修を提供しています。

CEOがグループの先頭に立ち、世界中の従業員へのカルチャー浸透を先導するなど、経営層のコミットメントも豊富です。

従業員の認識

従業員向けの質問に対する回答の概要です。

それぞれの取り組みについて

3つの視点と5つの共通要素については、従業員はどの取り組みの進捗状況についても経営陣より評価しており、より進んでいると感じています。

ただし、動的な人材ポートフォリオについては、経営陣と同じく進捗が遅れており、より取り組みを加速させる必要があるという認識です。

人的資本経営全体の進捗について

従業員は個別の取り組みについては評価していますが、人的資本経営全体については「進捗していない」と認識しています。この認識については、事業責任者、管理職、非管理職(従業員)の間で、次のような認識のギャップがあるようです。

進んでいると感じている←→進んでいないと感じている

事業責任者 > 管理職 > 非管理職

そのため、従業員が進捗しているという実感が得られるように、よりスピーディーに人的資本経営の検討を進めていかなければなりません。

まとめ

経営陣と管理職以下は、全体に進捗していないと認識していますが、逆に責任者は比較的進捗していると認識しています。全社一丸となって行動し、企業としてのパフォーマンスを上げるには、このギャップを埋めていかなくてはなりません。そのためには、従業員にとっても改革が進捗しているという実感が得られるように人的資本経営に関する方針を浸透させていく必要があるでしょう。

また、項目によっては、経営陣にも重要性が認識されていないものがあります。なぜその項目が必要なのか、あるいは重要なのかを理解し、検討していかなくてはなりません。そうすることで、進捗状況が好転していくと考えられます。

▼DXの定義や意味をより深く知りたい方はこちらもご覧ください
「DX=IT活用」ではない!正しく理解したいDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは?意義と推進のポイント

参考

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