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感性がモノをいう広告制作の現場は、DXができるのか?若きクリエイターが挑む「クリエイティブの解放」

公開日
2023.02.10
更新日
2024.03.06

あらゆるビジネス分野でDXが進んでいるが、才能やセンスがものをいうクリエイティブ業界はデータの分析/活用とはいちばん縁遠い界隈かもしれない。クリエイターの仕事にはマニュアルや育成ノウハウがない。見るもの聞くもの体験することのすべてが創造性を刺激して新しいアイデアを生むヒントになる。それらがクリエイターの頭の中でどのようにして発想に変わり、作品に仕上がるのか?
これまで感性のヴェールに包まれてうかがい知ることができなかった世界に、ある理系出身のクリエイターが変革をもたらそうとしている。テーマは「再現性のあるクリエイティブ」の実現。誰もが創造性を発揮してセンスのよい広告を作れる日はくるのか。数々の広告・CMを手掛け、ブレインパッドのブランディング戦略にも関わる「Que」のクリエイター、葛原健太氏に聞いた。

葛原健太氏のプロフィール

1989年大阪生まれ。2015年、慶應義塾大学理工学研究科コンピューターサイエンス専修を修了後、クリエイティブ職として電通へ新卒入社。電通CDC(コミュニケーション・デザイン・センター)にて、話題化PR視点のある広告クリエイターとして日清食品や集英社、NETFLIXなどナショナルクライアントのコミュニケーション企画・制作を6年間担当。2021年より、広告の企画・制作で培った「人の心と体を動かす力」を広告だけでなく、事業プロデュース・コンテンツ企画・ブランドのインナーアクティベーションなど様々な領域へと広げていきたい、という想いを抱え、電通からQueへ出向。「どんな課題も人の課題と読み解ける」を信条に、人の心と体を動かす戦略とクリエイティブの企画・実行に携わる。

20代クリエイティブ職に意外と多い「理系出身」

DOORS編集部(以下、DOORS) 葛原さんは慶應義塾大学院理工学研究科でコンピュータサイエンスを修了され、クリエイティブ職で電通に入社、現在はQueでプランナー・コピーライターとしてご活躍です。広告代理店のクリエイティブ職で理系出身は珍しいのでは?

葛原健太氏(以下、葛原氏) そうでもありませんよ。個人的には近年この業界に入ってくる若手の半分近くは理系出身じゃないか、というくらいの印象を持っています。2015年頃からデジタルマーケティングやテクノロジーへの理解を踏まえたクリエイティブ職が求められるようになりました。また広告代理店の事業も「広告を制作しマス媒体に出す」だけではなくなっていることも背景にあるかもしれません。

DOORS 葛原さんが所属されているQueも、テレビCMの制作から、ブランディング(企業のフィロソフィー策定から新規事業・新商品のブランド構築)、社内のコミュニケーション支援、新規事業の開発支援、人材戦略・採用戦略のコンセプトメイク、コンテンツプロデュースなど、広告以外にも幅広く事業を手掛けられていますね。

葛原氏 昔は今ほど市場が複雑ではなかったのです。成長するにはモノを売る、モノを売るには知らしめる、それにはテレビCMを頂点とする媒体にいかにインパクトのあるメッセージを載せるかという〝表現ありき〟の世界で、言葉を扱うことが好きな文系や映像・音楽を扱う美術系の人たちの得意分野でした。ところが今は、新しい価値観を創造したり古い価値観を再確認したり、人々のコミュニケーションを円滑にすることを成長につなげていく〝構造ありき〟の世界です。そこでは要素を分解して再構築したり、包括的にシステムを作っていくという理系的な素養も求められます。

DOORS 理系的な素養を持った方が、業界にもここ最近は増えてきたという印象でしょうか?

葛原氏 業界全体を調査したわけではありませんが、自分の周囲を見回してみるとそんな印象です。理系の人はどんどんこの業界に入ってきて欲しい。向いていると思うし、楽しいし。僕の場合は学生時代に電通でインターンを経験したのがきっかけでした。当初は僕自身「クリエイティブってセンスでしょ(理系の自分には)無理だよ」という認識でしたが、先輩がたに「センスじゃないよ、9割は努力だから」と言われたんです。「基本的には勉強量、事例をどれだけ知っているかがモノを言う。その蓄積によって発想の引き出しが増え、人が驚くようなアイデアを出せるようになる」と教えられ、目からウロコでした。

DOORS クリエイティブの現場は、どのようにDXを取り入れているのでしょう?

葛原氏 まだ過渡期です。BX(ビジネストランスフォーメーション)やCX(カスタマーエクスペリエンストランスフォーメーション)などの新しい領域では、他の分野から専門職を取り込むなどして対応していますが、かつてのメインストリームであるアドバタイジングの現場は「感性」や「センス」のベールに包まれています。

優れたクリエイターは「仮説の筋」が良い

DOORS データドリブンマーケティングがクリエイティブにどのような変革を及ぼしているか/及ぼし得るかに興味があります。

葛原氏 データはたくさんありますが、「データから何を感じ取り何を生み出すか/仕掛けるか」はクリエーター次第といったところが大きいです。データからアイデアを抽出するというよりは、クリエイターの仮説をデータで検証して企画に説得力を持たせるという使われ方がほとんどです。優れたクリエイターはデータを見る時の「仮説の筋」が良いのです。

DOORS 「仮説の筋」ですか?

葛原氏 言い換えるなら「世の中に対する洞察力」です。並のクリエイターは「この商品はこういうモノだからその良さを伝えよう」という目線ですが、優秀なクリエイターは「今、世の中はこうなっているから、こういうポジショニングでメッセージを伝えよう」という目線でプロジェクトをスタートします。最初の段階でのレイヤーの高さが際立っている。そういう「感性」や「センス」は、実は文系も理系もないような気がします。

DOORS 「データから特徴量を見つけるセンス」が、クリエイターの才なのですね。クリエイターが見ているデータとは、具体的にはどのようなものですか?

葛原氏 データを情報と定義するなら、あらゆるものが対象です。どのデータに興味を持ち、そこから何を感じ取るかもクリエイターの個性です。手塚治虫は後輩の漫画家達に「君たち、漫画から漫画の勉強をするのはやめなさい。一流の映画を見て、一流の音楽を聴き、一流の芝居を見て、一流の本を読む。そして、そこから自分の世界を作りなさい」と言ったそうです。同様に自分も「広告を見て広告を企画すべきではない」と思います。身近にいる先輩クリエイター達も「今はこういうの類の広告の反応がいいからウチもこれをやろう」などいう発想をしている人はまずいません。それこそ本を読んだり芸術や文化に触れたり、人々を観察する中からアイデアを生み出していると思います。

DOORS 葛原さんご自身はどのようなデータから発想を得ているのでしょう?

葛原氏 僕はバズってるツイートからインサイト(市場の潜在意識)を見ていることが多いでしょうか。ただ、これには人それぞれにスタイルがあって、人気雑誌の表紙を俯瞰して抽出する人もいれば、Googleトレンドを常時に表示して読み取っている人、テレビ画面を幾つも並べて各放送局の番組を流しっぱなしにしている人もいます。ただ、それらの情報からどのようにインサイトと抽出しているかは、ほとんど共有されていないのです。先ほど先輩がたから「クリエイティブは9割が努力だ。事例の蓄積だ」と言われてこの業界に入った経緯をお話しましたが、ではどんな努力をすればいいのか、どこで事例を蓄積し、どのように企画に生かしていくかはまったく言語化されていないんです。先輩のやり方を見て学び、自分で試行錯誤しながらモノにしていくしかないんですね。

見て感じ手を動かして覚える「ギルド(職人)」の世界

DOORS まるで職人の世界ですね。職人がモノを作り出すノウハウは感覚や経験の中にあり、マニュアル化されていない。弟子は師匠のそばにいてそのやり方を見て、感じて、試行錯誤しながら掴んでいくのに似ています。

葛原氏 まさにそうです。僕はQueに来た時「ここはギルドの世界だ」と思いました。Queに集うクリエイターはそれぞれ才能に溢れ腕の立つ人達でしたが、個人または数人で完結している仕事が多かった。例えばQueとしてプロジェクトを受注すると、誰かが手を挙げてリーダーとなり、必要があればメンバーに声をかけてチームを組みます。そこから企画を作っていくのですが、社内的にはそこからは月1回の定例ミーティングで進捗を報告するくらいでデータ(蓄積した知識や経験)を積極的に共有していなかったんです。それが非常にもったいないなと。ここにシナジーを生むようなシステムを入れたら、今まで以上に価値あるものを生み出せるんじゃないかと思ったんです。

DOORS それぞれのクリエイターが互いに干渉し合わないように留意しながら、プロジェクトでの共同作業にあたっていたのでしょうか?

葛原氏 いいえ。意識して見せまい/見まいとしているのではなく、もともとそういった「情報を共有する文化」がなかったのだと思います。それぞれ独自の世界観がある人たちばかりでしたし。でも、僕からしたら先輩のクリエイターがどんなことに興味や関心を抱き、どんな情報収集をして、それがどういうクリエイティブになっているのかは、ものすごく知りたいところでした。それに、実務の上でもQueではそれぞれどんなプロジェクトに関わっていて、ほかの人がどれくらい忙しくしているかなど、互いの状況をほとんど把握していなかったんです。

DOORS 実態としては個人商店の集まりのような感じだったのですね。

葛原氏 そうです。月に1回定例会議があってプロジェクトの進捗状況や前回の課題がどこまで達成されたかを報告するのですが、「前回は何を話し合ってどこまで決まったか」を思い出すのにかなりの時間を費やしていたんです。そこで「Queをギルドからチームにする」ことを、僕の1年目のテーマとしました。

Queをギルドからチームにする試み

DOORS 具体的には何をされたのですか?

葛原氏 まず、Notion(ノ―ション)という、メモ、議事録、ワークフロー、プロジェクト管理、タスク管理などの作成と通知ができるアプリケーションサービスを導入しました。

例えば「議事録」では最初にテンプレを作り、議題、論点、意見、決定事項、宿題(持ち越し事項)、問題解決の到達区間などを入力するようにしました。そうすると自然とテンプレの事項を意識しながら議事が進行するので「あれ、この話題はどこに繋がっているの?」というようなことがなくなりました。

DOORS 「タスク」では誰がどれだけの案件を抱えているか一目瞭然です。先ほどうかがったところでは、Queではプロジェクトごとに社内のクリエイターに声をかけてチームを構成するということですから、これがあると便利でしょうね。

葛原氏 新しいプロジェクトが立ち上がったらまずここに登録されて、Slackに通知がいきます。それで興味があるクリエイターが手を挙げる。これらはクリエイティブとは直接的には関係のない機能ですが、まずはNotionを使ってもらうという目的を達成するには、こうした機能から使い始めるのが良かったんです。

DOORS これまで使っていなかったツールを導入すると、どの会社でも「使えない」「使いづらい」と言った声が上がるものですが、Queではどうでしたか?

葛原氏 議事録とタスク管理は全員の共通した困りごとでした。それぞれにノートを取ったりアプリに入力していましたが「どうせならこれを使おう」という気運になりました。最初に導入の目的や達成できることを説明するプレゼンをしましたし、わからないことがあればその都度聞いてもらい、使いながら慣れてもらいました。

DOORS その点はQueが少数精鋭の組織だったことも良かったかもしれませんね。

葛原氏 Notionに関してはいきなり「これを導入しましょう」と提案したわけではなく、僕の上司のクリエイター(仁藤安久氏)が先行して1カ月ほど使ってみた上でテンプレなどを整備し「これを使ってみませんか?」と提案しました。先にインフラを作ってしまって、他の人にはそれに乗っかってもらった感じです。

クリエイターの「入力・出力・知見」を蓄積し実現する

DOORS クリエイティブに関する機能では、何をどうのように使っていますか?

葛原氏 Notionを導入した真の目的はそちらがメインで、やろうとしたのは「入力と出力と知見をアーカイブしていく」ということです。例えばクリエイターはそれぞれに日々何らかの情報を取り込んでいます。あらゆる経験から刺激を受けている、と言い換えてもいいかもしれません。本を読んだり、音楽を聞いたり、写真を見たり、街を歩いたり、誰かと会って話をしたり、あらゆることが刺激になります。それらに関連するタグを付けて「入力」のページに蓄積していきます。

DOORS 実際の事例を拝見すると、例えば読んだ本が報告されている箇所ではタイトルや作者などの基本情報の他に「何のために読んだか」「どんな気づきを得たか」がコンパクトにメモされています。そこから「私も読んでみました」などのリプライがついて、小さなコミュニケーションが生まれていますね。

葛原氏 クリエイターによって興味を持つジャンルや角度は違っています。仲間のクリエイターがどんな情報から刺激を受けているのか、興味がないわけがない。でも、それを積極的に発信するということをする人は少なかったんですね。今まではお酒を飲んだ時などにその一部がポロっとこぼれ出てくる程度だったのが、これによって日常的にインプットした情報が蓄積・共有されるようになりました。

DOORS 必ずしも1つの「入力」が1つの作品と紐づいているわけではないでしょうし、後々の活用を考えるとタグ付けに工夫が要りますね。

葛原氏 そうなんです。それはこのシステムの課題の1つです。適切なタグが付いていないと後から引っ張り上げることができませんし、タグを多くし過ぎると入力するのが大変になる。「面倒くさい」と思われたら他のクリエイターに使ってもらえないですから……悩みどころです。

DOORS 将来的にはAIの自然言語処理などを使って、自動で最適なタグが付くようにできるといいかもしれませんね。「出力」のトレイには何が蓄積されていますか?

葛原氏 AIを使ったタグの最適化、いいですね!ここにはクリエイターが手掛けた作品が蓄積されています。そうすると、あるクリエイターがプロジェクトに参加していた期間に、どんな本を読み、どんな音楽を聞き、誰と会ってどんな話をして……その結果、どういう作品が出来上がったかを紐づけて見ることができます。

制作過程はどこまで解明できるのか

DOORS 完成品から「どんな材料を仕入れていたか」を遡ることができるわけですね。材料から完成品に至る「過程」を見ることはできないんでしょうか?

葛原氏 過程の部分はクリエイターの頭の中にあるので難しいですね。ただ、手掛かりはあります。広告には類型化された手法がいくつかあります。例えば「低クオリティ広告」なら、あえて完成度を低くして「商品開発にお金をかけすぎたのでCMが静止画になりました」「グラフィックデザイナーがいないのでこんなにダサいポスターで求人してます」として説得力を持たせたり。あるいは、商品やサービスを世の中の話題にしたい時には「パロディ広告」の手法がよく使われます。

https://youtube.com/watch?v=QwocDEMHp18

DOORS いくつか思い浮かぶ広告があります。

葛原氏 ただ、すべての広告が類型化できるわけではありませんし、こういう課題を解決したいならこの手法というように公式化されているわけでもありません。それにはまだ蓄積も足りていません。面白い研究テーマでもありますし、体系だって整理ができたらゆくゆくはこれを公開したいです。

DOORS 葛原さんがやろうとしているのはクリエイターにとっては「タネ明かし」になる面はないでしょうか? これまで感性やセンスのベールに包まれていた部分があけすけになります。制作過程がオープンになることをクリエイターは嫌がりませんか?

葛原氏 自分や自分の周囲には、そういう感覚を持っている人はいませんね。むしろ「このクリエイターは日頃からこれだけの情報収集して、こういう研鑽と経験を積んで、こういう作品を作り上げているんだ。それならこの人に依頼したい」と思ってもらえるのではないでしょうか?  

DOORS  クリエイターと依頼者の距離感も近くなります。

葛原氏 広告代理店の業界では、クライアントとの窓口は営業が担当するケースが多いのです。営業が案件を取ってきて、クリエイターをアサインするという流れです。そうするとクライアントがクリエイターのことを知る機会はあまりありません。依頼者と作り手が関係性を作れていないことも多々ありました。ですがQueでは最初の打ち合わせ時から、クライアントがクリエイターの名前を呼んで話し合いをしています。依頼時から「このクリエイターはこういうコンセプトを持って仕事をしている人だ」という期待値を持っていただけたら、ズレも少ない。情報公開による大きなメリットだと思います。

広告作品をアーカイブすることの重要性

DOORS Que以外のクリエイターが手掛けた広告もアーカイブされていますね。

葛原氏 どの業界のどんな仕事でもそうだと思いますが、過去を知らないと新しいものは作れません。過去に評価されたアイデアと似通ったものを出すのは恥ずかしいことですし、過去の事例を踏まえた上で発展させたり軸を変えることが重要です。ですが過去の広告がアーカイブされているところがなかなかないんです。

DOORS そう言われれば、昔の広告作品を検索したり閲覧できる媒体はあまりありませんね。権利関係の事情も影響していそうです。

葛原氏 広告は刹那的なもので、タレントの契約期間が終わったり、商品のマーケティング方針が変わると、どんどん消えていってしまう宿命にあります。ですがクリエイターにとっては重要な参考資料ですから、誰かがアーカイブしておかないといけないのです。だけど、誰もやっていない(誰かはやっているかもしれないが権利の問題もあり利用可能な形で公開されていない)ようなので、自分達でせっせと蓄積しています。

DOORS 渋谷スクランブル交差点のこのスペースに広告を出したらいくら、タクシーサイネージ(後部座席前にある液晶画面)に出したらいくら、ビルのプロジェクションに映したらいくら…という情報があるのも興味深いです。

葛原氏 これもクリエイターにとっては利用価値のある、けれどもレアな情報です。作り手の側からすると、広告は「場所ありき」「媒体ありき」で作った方が、現実的で実現可能性の高いアイデアを出しやすいのです。実際には、どの媒体で展開するかが決まっておらず、戦略が絞り込めないケースが多いのですが…。なのでこのように「ここに広告を出せる場所があって、いくら用意できれば展開できる」ということがあらかじめわかっていると、クライアントに提案しやすいですし、クリエイターもユニークなものが作りやすいのです。その場所/媒体で過去にどんな広告が展開されたかが、事例を遡って見ることができるのも便利です。

世の中から残念なコミュニケーションを減らしたい

DOORS 葛原さんは「Queをギルドからチームにする」ための一つの手段にNotionを始められたとおっしゃいました。皆さんが蓄積した情報はいわばチームの財産だと思うのですが、それを極力オープンにしようとされている。これはいいんでしょうか? 

葛原氏 幸いにして今のところ自分たちでできる仕事のキャパはほぼ埋まってしまっています。それなら別に公開したって困ることはありません。個人的には「再現性のあるクリエイティブ企画」がテーマなので、こうした試みを通じて、日本のクリエイティブの底上げになればいいと思っています。

DOORS 優れたクリエイターの入力と出力を蓄積し、事例を集め技法を分類し、媒体をリスト化されている。葛原さんの言う「再現性のあるクリエイティブ企画」とは、クリエイターのいらない広告のフォーマット化ですか?

葛原氏 ある意味ではそうかもしれません。再現性のある広告企画というのは現在でもあります。例えば「あなたは〇〇にお悩みではないですか」(困り顔の画像が入る)と振っておいて「そんなときには〇〇!」(商品の画像が入る)と結ぶ典型的なCMパターンがありますよね。〇〇の部分に該当する文言を入れれば、広告は出来上がる。あまりに使い古されたパターンなのでそのままやると陳腐ですが、ここに面白いストーリーテリングが100通りくらいあれば、面白い作品が出来る可能性があります。媒体や場所を絞り込めば、さらに精度は高められるでしょう。そういう研究を積み重ねていけば、フォーマットを使った広告制作が可能になるかもしれません。

DOORS 葛原さんが「そういうものがあるといい」と思える理由は何ですか?

葛原氏 日本には残念なコミュニケーションが多過ぎると思うんです。例えば先日、ウチのポストに近所の歯科のチラシが投函されていました。何やら最新の医療装置が導入されたことがアピールされているのですが、その装置を使うと患者にどういうメリットがあるのかは書いていない。チラシを見せられた側としては「で、何が言いたいの?」とモヤモヤするわけです。

DOORS ポスティングチラシを見てモヤモヤするのは、葛原さんがクリエイターだからでしょうね。普通はそのまま何も思わずに捨ててしまいます。

葛原氏 発信する側が言いたいことを言っているだけで、何も伝わらない。こういうのはマーケティングの本を読めば最初に書いてある「ダメな事例」なんです。歯科もお金をかけてチラシを刷ったでしょうに、知識がないから投資が無駄になっている。紙やインクの資源も無駄ですし、見た人の時間も無駄になっていて誰も幸せになりません。誰でも無料で利用できる広告制作のフォーマットがあれば、そうした残念なコミュニケーションを減らしていけます。

究極の目標は「クリエイティブの解放」

DOORS 誰でも効果的な広告が作れるシステムが実現すると、世のクリエイターの仕事が減ることになりませんか?

葛原氏 減りません。レシピが公開されて食材と作り方がわかっても、プロの料理人の仕事が減らないのと同じです。プロにはプロにしか実現できないクオリティがあるのです。それでもわかりやすく作りやすいレシピが増えることで家庭で味わえる料理のバリュエーションが増えたり、日々の食事が美味しくなったりする。僕がやろうとしているのはそういうことで、誰にとっても良いことしかないと思います。

DOORS 葛原さんがそこまで「再現性のあるクリエイティブ企画」に情熱を傾けられるのは何故ですか?

葛原氏 わりと個人的なエゴで生きているタイプなので、最初は優れたクリエイターから学んで自分が成長するためだったんですが……今、理想として考えているのは「クリエイティブの解放」です。クリエイティビティはクリエイターだけが持っているものではありません。感性やセンスは誰にも備わっているものです。ただ、それを生かすための技法や過去の事例、才能の磨き方が知られていないだけだと思うんです。

DOORS クリエイティブはテクニックでもあると。葛原さんが先輩がたに言われた「クリエイティブは努力が9割」というお話にも通じますね。

葛原氏 広告は誰でも作ることができるし、他のスキルと同じように勉強したり経験を積むことによって、よりクオリティの高いものが作れるようになる。「クリエイティブって文系(美術系)なんでしょ」と思っていたバリバリ理系脳の自分が、こうしてクリエイターになって楽しく仕事ができているのが何よりの証拠です。

DOORS ブレインパッドの取締役・関口朋宏がDXが組織に定着しない理由の一つとして、共有されているドキュメントや資産がないからだと言っています。DXを経験した人が何をどう学びTransformationに至ったか、その過程をメモや資料など後に続く人が参考にできる形で残していない。だから組織内でDXが広がらず、いつまでも「一部の詳しい人達しか扱えないもの」に止まっているのだと。葛原さんの「クリエイティブを解放する」挑戦は、DXの浸透にも生かせそうです。

葛原氏 DXというと大それた感じに聞こえるかもですが、確かに根底は共通しているかもしれませんね。この試みを始めてまだ1年半くらいですし、蓄積できた知見もまだまだ足りていません。今は自分の頭の中にあるもの身体に吸収したことのすべてを、ここ(Notion)に移殖している段階ですが、早く公開できるレベルのものにしたいです。それによって広告に限らずいろんな分野・領域から刺激をもらったり与えたりして、世の中に新しい価値観を創造できる未来に期待しています。

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2004年の創業以来、「データ活用を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

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