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【後編】経営学者・名和高司氏に聞く、パーパス経営とDX ~フィルターバブルから見出すトランスフォーメーションの鍵~

公開日
2022.06.15
更新日
2024.02.19

企業の生態学の刷新

――先生は著書で「これからは人財をトランスフォーメーションしなければならない。」とおっしゃっていましたが、組織のなかでこれまで昭和のホワイトカラー時代に必要だった人財像と、今後もっとイノベイティブなことが必要とされる時代を比較したときに、人財教育はどう変わっていけばいいのでしょうか。

名和氏 それには人財教育と社員教育という2つの側面があると思っています。まず人財教育の側面ですが、今までの人財の理想的な育て方では通用しなくなってきているため、それなりにスペシャリスト、エクスパティーズ(専門的技術)を身につけないと勝負にならなくなってきています。そういう意味でも、技術革新や時代の変化に対応するための知識やスキルを学び直すリスキリングアップスキリングという場がないとだめですよね。

今まで学んできたことだけで勝負ができるという時代ではなくなってきていますから、そういったプログラムは必要です。それが学校教育の数年間だけではなくて、一生かけてやるような仕組みをスカンディナヴィア諸国では国がつくっていますし、日本であれば企業がそれを担うべきだと思います。スキルをさらに選択的に磨いていくという機会はどんどんつくったほうがいいですよね。

――なるほど。社員教育の側面では、求められる変化が異なるということでしょうか?

名和氏 社員教育という意味で言うと、メンバーシップとジョブ型を併用したような形を、キャリア型に変えていくべきだと思います。ジョブ型でやってしまうと、ひとつのジョブは完璧にこなせたとしても自分を型にはめてしまうので、「フィルターバブル」と同じくらいその人の可能性を殺してしまうからです。

ジョブ型は、どちらかと言うと便利な人たちをつくるだけのアメリカ的なやり方ですので、私は反対しています。それぞれのジョブに合った形のスキルをつくることも大事ですが、その人のキャリアを100年の人生と考えたときには何回も脱皮して進化していくので。そこに対する進化力をつけない限りは、毎回パッチを当てたようにリスキリングしているだけではだめだと思っています。その人のキャリアを考えたらその両方をリスキリングする機会を設けて、その時々で選択をできるようにしなければいけないですよね。

――外から与えられた役割をただこなすだけでは、これからの時代に求められる人財とはならないのですね。日本を取り巻く社会や企業としても、個々人のマインドとしても課題があるように感じました。

名和氏 だからこそ、もっとジェネリックなリベラルアーツが重要になるのです。言ってしまえば教養でもあるのですが、どんなスペシャリティやエクスパティーズが来ようとも、それを自分のなかにしっかりと受け止めるような土台がないと応用が利かなくなり、毎回ゼロからやり直しになる。それはもったいないと思います。

そしてここでは「鵜呑みにしない」「毎回自分で考え直す癖があるかどうか」ということがすごく大事で、大きく変わってくるポイントかと思います。

クリティカルマインド」とも言いますが、本当かと疑う気持ちがあったときに初めて正しく解釈できるものなので、鵜呑みにしてすぐ乗っかりたがるような好奇心ではまったくだめです。言われたことをそのまま通説だと思っているようでは、何も生まれません。

欧米の教育では、「本当にそうなのか?」と常にクリティカルマインドを持ちつつ、「それでいったい何ができるのか?」と、もう一度インクルージョンに戻ることが、彼らの正しい思考法なのです。

日本は、わりかし流されて空気を読むという方向にいくので、異説を唱えたり、自分の本当の想いを噛み締めることが疎かになりがちでした。けれども、そういった昭和までの画一的な思想教育もないですし、本当は自由度が満載だということから逃げてしまっているのも、もったいないですね。

――まさに「パーパス」にもつながる、とても重要なポイントだと感じました。企業としても、各々が興味を持ったものを突き詰められるような知的環境、知的土台を持てるような仕組みをつくることで、さまざまな知が化学反応を起こしブレイクスルーにつなげられる、イノベーションを起こせるのではないかと思いました。

名和氏 前提として、「志」は、VUCA時代における成長の必要条件です。ただし、世界の情報や価値観につながるだけではフォロワーのままです。いかにそれを次世代に先導するかが問われているのではないでしょうか。だからこそポピュリズムではなく、正しくリードする人たちが必要だとは思うのですが、それに値する正しいリーダーがいないことで不幸になっているのかもしれませんね。

私はよく「日本はダイバーシティと言いすぎだ。」と言っているのですが、ここにはインクルージョンが足りていないパターンが多い、という背景があります。

ダイバーシティ自体はつくろうとすればすぐつくれるものですし、そもそも一人ひとりの個性も価値観も違います。もっと言うと、経営層には昭和生まれの日本人男性に偏った人たちは多いですが、社内を見渡せば性別も年齢も国籍も、そこには何も偏りがないはずです。

単に、社内でこうした個性を持った人たちに対して、うまく一人ひとりの能力を発揮させながら全体でワンチームとしてどう価値を創出していくか、ということを経営層ができていないがゆえに、ダイバーシティと言いすぎてしまう。そうすると、潜在的な能力が活きないまま終わってしまいます。

社内でも化学反応を起こすことができていないのに、オープンイノベーションなんてできるわけがない。そこの価値のつくり方のメカニズムがそもそもおかしいですよね。

――インクルージョンという意味合いでも、これまでもお話にあったように自分自身で問いを持つ「問う力」もひとつの起点になるのでしょうか。

名和氏 そうですね、単に鵜呑みにすることとは、まったく違います。自分が「フィルターバブル」に閉じこもらないためにも、異説を聞いてみて「なぜこの人はこんなことを言っているのか?」とよく考えてみると、話に流される必要はまったくなくなり、気づきにもつながるものです。

こうしてやっと、自分の思想を相対化できる。相手の発言をよく理解しようとするところに新しい発見が生まれますし、思想のレベルでの「セレンディピティ」が生まれます。そういった視点を持たないと、自分の心地よい「フィルターバブル」から出られなくなってしまいますから。


企業の志とトランスフォーメーション

――地球環境と企業利益をつなぐ「志」を大企業が持てば、大きなインパクトになりえるという理解も広がるなかで、大企業がトランスフォーメーションするうえで必要なこととは何でしょうか?またエコノミーとエコロジーの果てにある企業像や組織像とはどのようなものだとお考えですか?

名和氏 大企業でも中小企業でも、自己変革できているところとできないところが2極化していることが、トランスフォーメーションの遅れにつながっているのだと思います。ただ、それは今に限った話でも、日本に限った話でもありません。

けれども、自信を失ってしまった多くの日本の経営者たちは、すがるように世の中のトレンドに敏感になりすぎてしまっていることもすごく残念なところですよね。表面的なトレンドよりも日本の歴史や会社の歴史、あるいはもっと違う自分の価値観に戻らないと流されるだけの人になってしまうのに。

そもそも、みんなが本当にクリエイティブで、イノベイティブだったら世の中も混乱しますから、世の中を本当に変えようとしている人たちとフォロワーとでは異なったマインドセットを持たなければならないですよね。

ここまで「パーパス」につながる「セレンディピティ」やマインドについても触れてきましたが、目覚めて気づき、「フィルターバブル」から外に出るということができているのは、経営者レベルでも1割程度だと感じています。

「リスクを冒したくない」「次へのバトンを渡すまではバトンを落とすことも怖い」と思っている方々もたくさんいらっしゃるでしょう。そういった人たちに無理にやっていてもらう必要もないので、私は「5年と言わずに1年でいいから早くバトンを渡しなさい」と言っています。

変化を起こせない人には早く後進に譲っていただくことが最大の貢献だと思っていますし、むしろそういう人は変わろうとしないほうがいいですね。

そうして実際、進化し続けている企業は、エコノミーとエコロジーのトレードオンを実践しています。なにより私の周りで正しく経営している経営者の方々は、軸がぶれることはなく、誰もトレンドには流されていないと感じています。

取材を終えて

名和氏 今回のインタビューは、誰に向けてのメッセージなのかによって反応がまったく異なると思います。目覚めようとしている、あるいは目覚めた人にはすごく刺さると思いますし、幸福主義で「せっかく自分たちが楽しんでいるのに、別にいいでしょ」と思っている人たちにとっては、小うるさい話に聞こえてしまいますよね。自分がウェルビーイングな生活を送りたい、みんながウェルビーイングだったらいいじゃない、と考えるのは相当退化した逃げだと思いますし、とはいえこれも私の価値観ですから。

「パーパス」を持つこと、「セレンディピティ」が生まれること、これらにつながる目覚めと気づきを与える機会がとても重要になっていくと思っています。日頃のルーティンに対して心地よいと感じてしまう精神というのは、心理学的にも太古の歴史からあるものです。それに打ち勝って自分を磨こうと思えることが、まさに人間的ではないでしょうか。

インタビュアー:丹野元気
ライター:三宅瑶

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