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今回は企業のダイナミックプライシング戦略に関して、適用するにあたっての現状と課題について論じます。ダイナミックプライシングとは、商品やサービスの価格をその時々の需要に応じて変動させる仕組みです。以前は月別の売り上げ動向や年間の顧客動向を参考に人手で販売価格を決定していましたが、AIや機械学習の進展によって価格と変更タイミングのコントロールを最適化しようとする試みが広がっています。一方で、ダイナミックプライシングの導入にあたっては様々な課題が存在しており、今回の記事では、ブレインパッドの2名のフェローが、ダイナミックプライシングの現状と課題への対処方法について考察するとともに、ダイナミックプライシングの適用例をご紹介します。
株式会社ブレインパッド・山崎 清仁(以下、山崎) 本記事は、2024年10月より不定期にシリーズ化してお届けしております。私は今年7月にブレインパッドの技術系執行役員を退任し、エグゼクティブフェローに就任しました。より技術領域を探求し社内外の技術流通を活性化する役割を担ってまいります。
株式会社ブレインパッド・角谷 督(以下、角谷) ブレインパッドのフェローとしての役割を担う方が増えて、気が引き締まる思いです。改めてよろしくお願い致します。
さて、本日のテーマはダイナミックプライシング(以下DP)を扱います。最近では、DPを導入したいと検討している企業が増加しています。導入にあたっては様々な課題があり、そのハードルをクリアしなくてはなりません。そこで、本記事では、どのようなことを考慮して導入を検討すべきかを議論したいと思います。
山崎 よろしくお願いします。ホテル業界や航空業界で盛んに導入が進んでいる印象ですね。DPは収益を最大化する価格戦略といわれていますが、売上も最大化できるプライシングと考えてよいのでしょうか。
角谷 コストを考えなければ、そうですね。DP導入の背景には主に次の3点があると思います。
ただし、2の収益の拡大と言ったときに、必ずしも商品を売り切ることが最善とは限らない場合もあります。
山崎 例えば、嗜好品に対しては価格に敏感な気がします。やはり商品ごとに異なる価格戦略が必要になるのでしょうか。
角谷 そうですね。耐久消費財と日々使われる消費財でも違うと思います。耐久消費財は購買の反復が起きづらく、価格を安くして売上を向上させても、需要の先食いになってしまうと考えられます。商品の特性に応じて、需要と価格の期間構造を理解してモデルを構築する必要があります。
山崎 世の中には、バーゲンセールなど、価格が安くなってから購入したいという人も多いですよね。
角谷 はい。消費者の将来価格に対する期待が日々の需要に影響を与えます。そのような期待に基づいて、自分自身の効用を最大化するように消費行動を変える顧客は、戦略的消費者と呼ばれています。
山崎 そのような消費者がいる市場で、価格によって需要をコントロールするのは難しそうですが、対処方法はあるのでしょうか。
角谷 例えば、あらかじめカレンダーで価格を示してしまうという方法があります。顧客がおおよその将来価格を知ったうえでどのように行動するかを、データで分析できれば、有効なDP戦略が立てられるでしょう。顧客が、売り切れで買えなくなってしまうと考えて、需要が喚起されることも重要です。限定数の販売として、先行者利得があるように価格を設定するなども、DPを有効にする手立てになります。
山崎 欲しいものを即決して購入する人や、長く熟考してから購入したいというタイプの人がいらっしゃると思うのですが、顧客の行動特性とも関連があり、やはり難しいという印象です。
角谷 実は、過去の実証分析では、一般的に即時に購入することが最適であったとしても、消費を先延ばしする傾向にある人が多いことがわかっています。様々なインセンティブ(例えば、割引券)と抱き合わせで、戦略を設計することが必要ですね。
山崎 自分たちの顧客がどのような層で構成されていて、どのような行動をとる傾向にあるのかを知ることも重要ということですね。
角谷 様々な顧客が混在する場合、提供しているサービスの内容にもよりますが、サブスクリプションのようなビジネスモデルでは、複数の支払いプランを用意することもよいと考えられます。おっしゃる通り、まずは顧客を知るということが必要です。
山崎 なるほど。DPを導入する業種やサービスによって、様々な事を考える必要がありそうですね。網羅的にあり得るケースを考えるのは、大変そうです。
角谷 やはり既存の実証研究などを参考に、自社に合った取り組み・価格戦略を考えることが重要だと思います。
山崎 モデリングにはAIや機械学習などの知識や大量のデータ等のリソースが必要だと思いますが、テクニカル的な課題については、どのように考えていますか。
角谷 一般的にDP導入には、AIなどの高度なモデリング技術が必要であることは確かです。しかし、そのようなリソースがない場合にも、エクセルなどの計算ソフトを用いて簡易的なDPモデルを構築することは可能だと思います。以下の実際の事例(数値等は実際のものを改変しています)をご覧ください。
問題設定
目的
ここでは、簡易モデル式を以下のように仮定します。ここで、セールス期間の残日数をt(t=1,2,…10)、販売価格を\(Pt\)、需要量を\(Xt\)としています。
角谷 モデルには推定しなければならないパラメータが3個あります。
これらはアンケート(後述する)によってデータを集めれば、計算ソフトのソルバーを使って比較的簡単に推定することが可能です。これらのパラメータ推定後は、同様にソルバーを使って最適化問題を解くことができます。最適化問題は、需要量と販売価格を掛け合わせた\(Pt\)×\(Xt\)の最大化を目的関数とし、以下のように表されます。
Aは10,000円、T=10です。販売価格がマイナスとなることを避けるため、日々の需要量はA/B以下となる必要があります。さらに、制約式にSという新たな記号が導入されていますが、Sは総在庫量を表します。要は10日間の需要量の合計がSを超えることがないように制約式を加えています。
山崎 比較的簡単な数式で需要と価格の関係が表されていますね。
角谷 期間構造を単純に表現しているので、そこは問題があるかもしれません。ただ、数式が単純な分、推定は比較的ロバストであるとも言えます。
以下に数値例を示します。
この数値例では、販売価格は初日が 6,869円 であり、セールスの最終日に向かって徐々に値上げされ、最終日には 7,605円 となり、総売上高は 1,447,503円 となっています。当初の在庫200枚を全て売り切ることが、この場合の最適解となります。
価格の需要に対する感応度であるBを変化させた場合の数値例も計算してみましょう。Bを280とし、それ以外の数値は上記の例と同じ値にします。その結果が以下の表になります。
このケースでは10日間の需要量は179枚となっており、21枚が売れ残ります。この数値例でもわかるように、一般的には在庫を全て売り切ることが意識されますが、すべてのチケットを売り切ることが最適ではないケースがあります。
山崎 確かに比較的単純なモデルでも、DPを試行してみるということは出来そうですね。では、モデルのパラメータはどのように定めればいいでしょうか。価格と需要の関係を推定するにはたくさんのデータが必要となりますよね。
角谷 AIを用いて価格と需要量の関係を推定しようと考えると、確かに十分な量のデータが必要となります。加えて様々な価格で販売して、データを溜めるということが必要になると思います。ただ、十分なデータが存在しない場合でもアンケートでデータを収集するという方法で代替することは可能です。
山崎 どのようなアンケートを取ればよいのでしょうか。
角谷 アンケートのやり方としては、「2ヵ月前、1ヵ月前、直前購入等の期間に関して、複数の価格を提示し、支払ってもよい価格にチェックしてもらう」といった方法が考えられます。データが大量にあれば、購買価格から顧客が許容できる価格と顧客属性の関係を推定することになりますが、データが十分に存在しないと推定は困難です。アンケートなら、問いかけを工夫することで、知りたい情報を回答から得ることができます。
山崎 色々なニーズの顧客が存在しそうです。
角谷 はい。主に週末にサービスを利用する顧客と平日に利用する顧客を比べると、サービスの利用タイミングの自由度の違いから価格感応度が異なることが考えられます。自社の顧客を適切に分類して、その分類ごとに季節やタイミングに応じて支払っても良いと考える価格をたずねることが必要になると思います。
山崎 DP導入にあたっては、一旦、アンケートなども併用した簡易モデルを導入して、データの蓄積や自社の顧客の反応などを見ながら、徐々に本格的なAIや機械学習によるDPに発展させていくといった試みも大事ですね。
角谷 AIというと、すぐに効果を求める傾向にありますが、知見をためながら上手に活用していくということが大切だと思います。
山崎 今回もありがとうございました。
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