【開催レポート】一橋大学 加藤諒先生を迎えた社内勉強会

執筆者
公開日
2026.07.13
更新日
2026.07.13

データをもとに企業のビジネス変革を支援するブレインパッドでは、アカデミックな知見を積極的に実務に取り入れるため、外部の専門家をお招きした社内勉強会を開催しています。

今回は、マーケティングサイエンスや因果推論、ベイズ統計学を研究されている一橋大学ソーシャルデータサイエンス学部(SDS)の加藤 諒先生をお招きしました。本記事では、ご講演の内容を簡単にご説明したうえで、分析組織がアカデミアの方を交えた社内勉強会を行うべき理由をご紹介します。

本記事の執筆者
  • データサイエンティスト
    平井 直知
    Naoaki Hirai
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    流通・小売事業部
    役職
    リードデータサイエンティスト
    大学院修士課程を修了後、データサイエンティストとしてブレインパッドに入社。入社後は、需要予測による発注業務の自動化、LLMによるコンテンツ生成に従事。現在はプロジェクトマネージャーとして、データ利活用を軸としたマーケティング施策の立案から効果検証・改善までの伴走支援に従事。
本記事の登場人物
  • 加藤 諒
    Ryo Kato
    一橋大学ソーシャル・データサイエンス学部・研究科 准教授、神戸大学経済経営研究所 准教授(クロスアポイントメント)。専門はマーケティングサイエンス、ベイズ統計学、欠測データ解析、因果推論、実証会計学。神戸大学経済経営研究所を経て、2022年より一橋大学へ。位置情報データ、購買履歴、店内回遊データ、調査データなどを用いた消費者行動の分析の研究に取り組む。株式会社エコノミクスデザインでは、研究知見のビジネス適用にも携わる。

ご講演:操作変数法を活かした効果検証と「おとり効果」の実証

前半では、ビジネス現場における効果検証の精度をいかに高めるか、というテーマについて数理的なアプローチからご解説いただきました。

マーケティング施策の正しい効果検証を行うためには、本来であれば対象をランダムに2グループに分ける「RCT(ランダム化比較実験、いわゆるA/Bテスト)」が不可欠です。しかし実際のビジネス現場では、ユーザーに特定の行動を強要することはできません。例えば、「新機能を利用する/利用しない」という行動そのものをランダムに割り当てて強制することは不可能です。そのため、実務においてはランダム化奨励デザイン(RED)というアプローチを取ることになります。新機能の利用を強制する代わりに、「新機能の利用を奨励するメールの送付」をランダムに実施する、といった設計がこれに該当します。

ただし、このときに「メールを送った人」と「送らなかった人」を単純に比較してしまうと、メールを受け取っても新機能を利用しない人が多く含まれるため、新機能そのものが持つ本来の効果が薄まって見えてしまうという課題が生じます。専門用語を用いると、この単純比較では新機能の効果が過小評価されてしまうのです。

そこで活用されるのが「操作変数法」です。「メールの有無」というランダムな要素を操作変数として用いることで、メール通知をきっかけに新機能を使ってくれた人たちの効果、すなわちLATE(局所平均処置効果)を求めることができるようになります。これにより、現場の制約をクリアしつつ、新機能の真の効果を精緻に見極めることが可能になります。

さらに、このアプローチを用いた具体的な実証実験として、加藤先生の実際の論文『Empirical Validation of the Attraction Effect Using Randomized Field Experiments: Real-World Evidence of Contextual Decision-Making Bias』に基づき、実際のビジネス環境における「おとり効果」の検証についてご講演いただきました。おとり効果とは、選択肢の中にあえて選ばれにくい極端なプラン(おとり)を混ぜることで、売りたい本命のプランをより魅力的に見せる消費者心理のバイアスを指します。ラボ(実験室)の中だけにとどまらず、実際の購入場面というフィールドにおいてもこのおとり効果が確かに意味を持っていたという実証プロセスは興味深いものでした。

後半では弊社データサイエンティストとパネルディスカッションを行い、我々のクライアントへのご支援のなかでの悩みや加藤先生の専門分野に関する質問をしました。実務ならではの生々しい話題も交えながら、研究とビジネスの接点について理解を深める貴重な機会となりました。

また、講演会後は一部の残れるメンバーで懇親会を開催しました。講演会中には聞けなかった質問や実務での悩みから、プライベートな内容までざっくばらんな話題で盛り上がりました。


分析会社で講演会を開催すべき3つの理由

ブレインパッドでは、このような外部の専門家をお招きした社内講演会を不定期に開催しています。ここでは、データ分析を生業とする企業がこのような講演会を開催することの意義について、3つの観点からお伝えします。

1.社内の技術レベルの底上げ

講演会を開催する第一の目的は、社内全体の技術レベルを引き上げることです。

ブレインパッドには多様なバックグラウンドを持つデータサイエンティストが在籍しており、専門分野も実務経験もさまざまです。データ活用の支援会社として、組織全体の分析力を高めていくことは、クライアントに対する責任でもあります。

今回のテーマである操作変数法は、因果推論の分野では広く知られた手法ですが、出身分野によっては馴染みのない方も少なくありません。講演を通じて、初めて触れる方にとっては新たな学びの機会となり、すでに知識を持つ方にとっても理解を深め、視座を広げるきっかけとなります。

また、講演会は社内の知見共有を促進する場としても大きな役割を果たします。今回も講演後には参加者同士で活発な議論が生まれ、「自分の担当案件ではこういうシチュエーションで適用できるのではないか」「このケースでは別のアプローチのほうが適切かもしれない」といった、実案件に基づいた具体的な意見交換が行われました。こうした知見共有は、それぞれのご支援を見つめなおすきっかけになるだけでなく、分析者としての引き出しを増やすことにもつながります。

2.実務の悩みを相談することで得られる学びと自信

データ分析の実務においては、明確な正解が存在しないケースに直面することが少なくありません。そうした場面での分析方針が本当にベストなのか不安になる場合もあるのが現実です。この会では、パネルディスカッションや懇親会で、そのようなケースの悩みを率直に先生にご相談し、合意や助言をいただきました。こういった場は、新たな学びであると同時に、私たち自身の大きな自信にもつながります。

特に、「自信にもつながる」部分は予定外の産物でした。例えば、今回のパネルディスカッションでは、「A/Bテストができず、未観測交絡がある場合の対処」について議論が交わされました。A/Bテストができない場合の因果推論の手法はさまざま開発されていますが、未観測交絡の存在が否めない場合はその分析結果の信憑性は怪しいです。そのため、無理に複雑なモデルを構築して対応を試みるのではなく、シンプルな集計に留めて分析の限界を率直に認めるべきである、という結論に至りました。これは日頃から私たちが現場で感じていた方針と一致するものであり、アカデミアの第一線で活躍される先生からの裏付けを得られたことで、自分たちの判断基準に確信を持つことができました。

※当然、ケースバイケースであり、これらの手法を適用すべき場面も多いことにご留意ください。

3.学び合うカルチャーの醸成

ブレインパッドには技術を愛し、探究心にあふれた人材が集まっています。しかし、日々の業務に追われる中で、一人で最新の技術を追い続けることは決して容易ではありません。

だからこそ、みなで学び合うカルチャーを意図的に育てていくことそのものに、大きな意味があると考えています。技術への好奇心や学ぶ意欲は、放っておくと日常の忙しさの中で簡単に火が消えてしまいます。勉強会や講演会を継続的に開催し、組織として意図的に火をともし続けること——それ自体が、分析会社としての競争力を支える重要な取り組みであると私たちは信じています。


おわりに

今回の勉強会は参加メンバーからも非常に評判が良かったです。「理論と具体的な事例の結びつきが非常にわかりやすかった」「教科書で読んだ操作変数法を実務に活かす道筋が見えた」「パネルディスカッションで出たジオマーケティングについて、今後さらに面白いビジネスの未来が作れるのでは」「また次回も開催してほしい」といった声が上がりました。

こうした声を振り返ると、今回の勉強会は、まさに本記事で述べてきた講演会のメリットを実感できる機会だったと感じています。改めて述べると、以下3点は今回の勉強会を通じて実際に感じられた価値でした。

  • 専門的な知見に触れることで社内の技術レベルを高めること
  • 実務上の悩みを専門家に相談することで、新たな学びや自信を得ること
  • 参加者同士が刺激を受け合い、学び合うカルチャーを育てていくこと

外部の専門家をお招きした講演会は、単に知識をインプットする場にとどまりません。理論を実務に引き寄せ、自分たちの分析や支援のあり方を見つめ直し、組織としての学びを深める場でもあります。

ブレインパッドは、今後もこのようなアカデミアとの積極的な交流を通じて知見を深め、理論と実務の架け橋として、クライアント企業のビジネスへより高い価値を還元してまいります。

加藤先生、刺激的で素晴らしいご講演をありがとうございました。


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