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生成AIやAIエージェントを業務プロセスに実装した企業はまだ多くありません。ましてや、社員教育・研修そのものにAIを組み込んだ事例となると、国内でもごく稀です。
東京電力エナジーパートナー株式会社(以下、東電EP)が、事業部のデータ活用人財を育成するために2023年から運営してきた独自カリキュラム「EP Data College」は、2026年度に大きく変わりました。これまで講師が担当していた集合講義を廃止し、講義動画と生成AI「Gemini」を組み合わせた自主学習へ移行。さらに実践演習には、東電EPとブレインパッドが共同開発したデータ分析AIエージェント「V-DAG(Virtual Data Analytics Group)」を活用します。
変わったのは研修で使うツールだけではありません。AIが基礎的な学習を支援し、分析そのものにも加わることで、人間の講師やデータサイエンティストに求められる役割も変わろうとしています。人がAIから学び、AIとともに分析する。そんな新しい人財育成のかたちを、制度設計と運営を担う東電EPとブレインパッドの視点から紹介します。
EP Data Collegeは、データ利活用に求められるビジネス・サイエンス・エンジニアリングの3つの力をバランスよく伸ばし、事業部の中でデータ活用を実践できる人財を育てる、東電EP独自の育成カリキュラムです。
約5か月にわたり、自主学習と自部門の課題を扱う実践を組み合わせて学びます。修了者は、社内のDXレベル認定制度における「データサイエンティストL2」に認定されます。
EP Data Collegeが目指してきたのは、DX推進室の専門家が各事業部の分析をすべて担うのではなく、事業部自身がデータを使って課題を解ける状態を広げることです。2023年の立ち上げ背景やこれまでの取り組みは、前回の記事で詳しく紹介しています。
そして2026年度、その「自らデータを使って課題を解く」という考え方は、AIの登場によって次の段階に進みました。
2026年度の大きな変更の一つが、講師による集合講義の廃止です。ただし、講義をなくして、あとは受講生に任せるということではありません。これまで講師が担っていた学習支援の一部をAIが担うことで、学び方そのものを組み替えています。
DOORS編集部(以下、DOORS) 2026年度は、これまでの集合講義を廃止したと伺いました。研修の根幹に関わる変更ですが、どのような狙いがあったのでしょうか。
東京電力エナジーパートナー株式会社・佐久間 由哲氏(以下、佐久間氏) 講師が決まった時間に教える集合講義をやめ、講義動画とGeminiを組み合わせた自主学習に切り替えました。受講生は、自分の分析環境のノートブック上でAIと対話しながら学習を進めます。
例えば、サンプルデータを10行表示しているコードを見て、「15行表示したい」とGeminiに伝えると、変更すべき箇所をその場で提示してくれます。「このコードはなぜこう書くのか」「このエラーは何を意味しているのか」といった疑問も、理解できるまで何度でも聞くことができます。
従来の集合講義には、業務の都合で参加できない、質問のタイミングを逃してしまう、受講生ごとの理解度に講義の速さを合わせにくい、といった課題がありました。自主学習に変えたことで、受講生は決められた講義時間に縛られず、自分のペースで学べます。また、疑問が生じたときに講師の回答を待つ必要もありません。
DOORS 運営する側にとっても大きな変化ですね。
佐久間氏 これまでは、講師役を担うデータサイエンティストが、講義の準備や基礎的な質問への対応にかなりの時間を使っていました。研修を続け、対象を広げようとするほど、講師の時間が制約になります。
AIが基礎的な質問の一次対応を担えるようになれば、人間の講師は、より高度な相談や実践課題への伴走に時間を使えるようになります。単に講師の負担を減らすことが目的なのではなく、AIに任せられる部分をAIに任せ、人が見るべきところに時間を使うという考え方です。
2026年度のEP Data Collegeでは、生成AIに関する知識や注意点そのものもカリキュラムに含まれています。AIを「正しい答えを常に返してくれる存在」として扱うのではなく、その特性を理解したうえで活用することも、学習内容の一部です。
もう一つの大きな変更が、リテラシーコースとエキスパートコースの2コース制です。
コースは単純な「初級・上級」ではなく、取り組む分析テーマと、身につけたい専門性によって選択します。
個人情報や機微な情報を扱う予定がある場合はエキスパートコースを選択します。それ以外の場合は、「高度なサイエンティストの知識を身につけたいか」が次の判断基準になります。専門性を深めたい場合はエキスパートコース、まずはAIも活用しながら業務でデータ分析を実践できるようになりたい場合はリテラシーコースを選びます。
両コースに共通する自主学習では、以下の内容を扱います。
エキスパートコースでは、これに加えて、機械学習アルゴリズムの基礎・応用や、LightGBMなど実務で用いられる手法、SQLによるデータ抽出についても学びます。
DOORS SQL基礎は2026年度から追加されたそうですね。
佐久間氏 過去の受講生を見ていると、データベースの知識が十分でない方は、実践課題に入った段階でつまずきやすいことがわかってきました。分析手法を知っていても、必要なデータを自分で取り出せなければ、実際の業務データには適用できません。そこで、エキスパートコースにはデータベースからデータを抽出するSQLの基礎を組み込みました。
実際に研修を運営する中で見えてきた課題を、次年度のカリキュラムに反映していけるのは、社内の実務とつながった育成制度ならではだと思います。
2026年度のEP Data Collegeは8月にスタートし、約5か月間で進みます。
特徴的なのは、教材を最後まで視聴したり、テストで一定点数を取ったりすれば修了する制度ではないことです。EP Data Collegeが掲げる修了条件は「業務適用まで到達すること」。学んだ内容を実際の業務に適用できる状態になることがゴールです。
そのため、受講生は応募段階から「自分の業務で何を分析したいのか」を考え、面談を通じて分析テーマや利用するデータを整理します。実践課題で使用するデータは分析環境へ取り込むため、セキュリティ審査も必要です。審査には一定の期間を要することから、学習を始める前から課題設定とデータ準備を並行して進めます。最初に「何のために学ぶのか」を決め、その課題を実際に解くところまでを研修に含める。学んで終わりにしないための設計です。
2026年度は約30名の受講を見込んでいます。
2026年度のEP Data Collegeを象徴するもう一つの取り組みが、実践演習へのAIエージェント「V-DAG(Virtual Data Analytics Group)」の導入です。
V-DAGは、東電EPとブレインパッドが共同で開発しているマルチAIエージェントシステムです。ユーザーとの対話を起点に、課題の整理から仮説構築、データ分析、結果の考察、レポーティングまで、データ分析の一連のプロセスを複数のAIエージェントが分担して支援します。V-DAGの仕組みや開発の背景は、別の記事でも詳しく紹介しています。
2026年度のEP Data Collegeでは、このV-DAGを実践課題で活用する選択肢を設けています。プログラミング経験が十分でない受講生でも、自然言語でV-DAGと対話しながら、そもそも何を明らかにしたいのかを整理し、分析を進め、結果を読み解いていくことができます。
ここで学ぶのは、単に「AIを使う方法」ではありません。実際の業務課題とデータを使いながら、AIに何を任せ、人間は何を考え、どこを確認し、最終的にどう判断するのかを経験する。AIエージェントと協働して仕事を進めるプロセスそのものを、研修の中で実践します。
DOORS ブレインパッドは、この取り組みにどのように関わっているのでしょうか。
株式会社ブレインパッド・本山 遼 ブレインパッドはV-DAGの開発支援に加えて、AIエージェントを活用したデータ分析の進め方をEP Data Collegeの講師陣に共有し、実践に向けて伴走する役割を担っています。
AIエージェントは、使えば自動的に正しい答えが出てくる魔法の箱ではありません。どのような課題としてAIに渡すのか。AIが出した分析結果をどのように確かめるのか。分析結果から何を判断し、業務をどう変えるのか。AIが分析の多くを担えるようになっても、こうした部分では人間側の力が引き続き重要です。だからこそ、受講生だけでなく、受講生を支援する講師陣自身も、AIエージェントを前提とした分析の進め方を理解する必要があります。
この取り組みの特徴は、AIエージェントを業務に導入するだけでなく、「AIがいることを前提に、人をどう育てるか」まで制度側を変えていることだと考えています。
集合講義を自主学習に変えれば、それだけで研修がうまくいくわけではありません。従来の集合講義には、知識を教える以外にも、「毎週この時間に集まる」というペースメーカーの役割や、困っている受講生に人が気づく場としての役割がありました。AIによる自主学習へ移行するからこそ、人間が担う役割を改めて設計する必要があります。
DOORS 運営側から見て、自主学習型へ移行するうえで特に意識していることはありますか。
東京電力エナジーパートナー株式会社・荒井 亮太郎氏 一番気を配っているのは、自主学習になったことで受講生を孤立させないことです。集合講義であれば、「この時間に参加する」ということ自体が学習を続けるきっかけになります。自主学習では、自分のペースで学べる一方で、学習が止まってしまう可能性もあります。
そこで、応募段階から面談を行い、「自分は何を分析したいのか」「そのためにどのようなデータが必要なのか」を受講生と一緒に整理しています。最初に「この課題を解くために学ぶ」という目的を明確にしておくことが、自主的に学習を続けてもらううえでも重要だと考えています。
また、AIが相手であれば、「こんな初歩的なことを聞いていいのだろうか」と気にする必要がありません。わからないことを、その場で何度でも質問できる。自主学習を支えるうえで、ここも大きな意味があると思います。
DOORS AIが基礎的な質問に答えるようになると、人間の講師にはどのような役割が残るのでしょうか。
東京電力エナジーパートナー株式会社・佐藤 真奈美氏 これまでは、「エラーが出て動かない」「この関数をどう使えばいいか」といった基礎的な質問にも、講師が一つひとつ対応していました。そうした疑問をAIがその場で解消できるようになると、人には「自部門のこのデータで、この分析は成立するのか」「この結果をどう業務に生かすのか」といった、より実務に近い相談を持ってきてもらえるようになります。AIによって人が不要になるというよりも、人に相談すべき内容を、より業務に近いところへ引き上げられるということだと思います。
一方で、自主学習になると、受講生ごとに学習の進み方は異なります。誰がどこで止まっているのか、どのタイミングで人がフォローすべきなのか。進捗の把握やフォローの設計は、これまで以上に重要になります。2026年度は新しい制度の初年度でもあるので、実際の学習状況を見ながら改善していきたいと考えています。
EP Data Collegeを企画・運営しているのは、東電EPのDX推進室 データアナリティクスグループです。2020年の発足以来、全社のデータ活用案件を推進してきた分析組織であり、V-DAGの開発元でもあります。「Human-AI Co-Creation for eX(HACCX)」というビジョンを掲げ、人とAIがともに働く組織への転換を進めています。

東京電力エナジーパートナー株式会社・南條 秀典氏 発足以来、データ活用の相談件数は年々増えてきました。これは非常に喜ばしい変化です。一方で、専門部署が分析を担い続けるだけでは、全社のデータ活用をさらに加速させることはできません。
そこで私たちが進めているのが、V-DAGとEP Data Collegeです。V-DAGは、これまで培ってきた分析ノウハウや知見をAIエージェントとして実装し、誰もが活用できるようにする取り組みです。
一方、EP Data Collegeは、データとAIを活用して自ら課題を解決できる人財を増やす取り組みです。
今回EP Data Collegeを刷新したのも、私たち自身が進めているAIネイティブな組織への変革の一環です。AIによって仕事の進め方が変わるのであれば、人材育成のあり方も変わるべきだと考えました。そのためEP Data Collegeも、AIとの協働を前提とした実践型のプログラムへと刷新しました。
AIが分析の実行を担うこれからの時代において、人の価値は分析活動そのものではなく、それを活用して課題解決や価値創出につなげることにあると考えています。私たちがData Collegeを通して育成したいのは、データとAIを活用し業務を変革し、新たな価値を創出できる人財なのです。
データアナリティクスグループには、データビジネス・データサイエンス・データエンジニアの3つのチームがあり、EP Data Collegeでもそれぞれの専門性を生かして受講生を支援しています。

佐久間氏 データビジネスチームは事業部との接点に立ち、分析テーマの設定や、分析結果をビジネス成果につなげる部分を支援します。データサイエンスチームは、カリキュラムの技術的な設計や実践演習における分析支援を担当します。データエンジニアチームは、V-DAGや分析環境などの学習基盤の整備、実践課題で使用するデータの受け入れを担います。EP Data Collegeで育成する「ビジネス・サイエンス・エンジニアリング」の3つの力に、それぞれの専門チームが対応している形です。
さらに、募集や説明会の運営、受講生のフォロー、スケジュール管理など、研修全体を支える運営事務局が、この体制に加わっています。
もう一つ、運営する側の実感として、EP Data Collegeは私たち自身にとっても学びの場になっています。受講生の分析テーマに伴走すると、各事業部の業務やデータの背景、いわゆるドメイン知識が私たちの側にも蓄積されていきます。事業部の人財を育てることが第一の目的であることは変わりませんが、DXを進めるには、ドメインを知る側とDXを推進する側の掛け合わせが欠かせません。その掛け合わせが生まれる場としても、この研修は機能していると感じます。
講師による集合講義をなくしたことも、V-DAGを研修に取り入れたことも、私たちとしてはまったく別の施策だとは考えていません。自分たち自身がAIとともに働く組織へ変わろうとしているのであれば、人の育て方も同じ方向へ変わっていく。それが自然だと思っています。
2026年度のEP Data Collegeが示しているのは、AI時代の人財育成が、生成AIの操作方法やプロンプトの書き方を教えることにとどまらない、ということです。AIから学び、AIと一緒に分析し、人間は課題を見立て、結果を確かめ、業務上の判断につなげる。その働き方を将来の話として教えるのではなく、研修そのものを人とAIが協働する場に変えることで、受講生に実際に経験してもらう。それが2026年度のEP Data Collegeの大きな変化です。
そして、この仕組みをつくっているデータアナリティクスグループ自身も、いままさに変化と拡大の途中にあります。

山田氏 V-DAGのようなAIエージェントの開発も、EP Data Collegeのような育成の仕組みづくりも、前例のない仕事ばかりです。だからこそ、「AIがいる前提の分析組織」を一緒につくることが面白いなあと感じられる方に来ていただきたいと思っています。データサイエンスの専門性はもちろん歓迎ですが、事業部とともに課題を見立て、最後まで添い遂げたいという気持ちを強く持っている方、データを使って、とことん、ビジネスを拡大させたいという方など、活躍のかたちは一つではありません。
実は、集合講義の廃止やAIを活用した自主学習への刷新といった今回の取り組みも、トップダウンの指示ではなく、メンバーからのボトムアップの提案で実現したものです。やりたいことを提案すれば、組織として受け止めて、実現まで一緒に進められる。AIやデータの領域で挑戦したい方にとって、これは大きな魅力だと思います。この記事を読んで興味を持たれた方は、ぜひ採用情報をご覧ください。
AIによって仕事の進め方が変わるのであれば、求められる人財像も、人の育て方も変わります。ブレインパッドも、AIエージェントの開発とデータ分析実務の両面から、東電EPとともにその新しいかたちをつくっていきます。本記事の執筆にご協力いただいた関係者の皆様に感謝を申し上げるとともに、EP Data College受講生の今後の活躍を楽しみにしています。
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