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【シリーズ】経営者の隣にデータサイエンスを。Vol.2 データサイエンスでものづくりの未来を開く「材料開発のDX」でトヨタが目指すもの

公開日
2022.09.27
更新日
2024.04.12

※本記事は、「日経ビジネス」に掲載された同内容の記事を、媒体社の許可を得て転載したものです。
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/ONB/21/brainpad1210/vol2/

様々なものづくり産業の基盤を支える材料開発。その革新に向け、データサイエンスを用いる「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」導入の動きが広がっている。中でもトヨタ自動車は、いち早くMIに取り組んできた企業として知られ、現在は、蓄積した知見を基に顧客向けの解析サービスを始動しつつある。その背景や狙いを、同社およびパートナーであるブレインパッドのキーパーソンに聞いた。

※所属部署・役職は取材当時のものです。

世界に後れをとる国内のMI導入に危機感を抱いた

自動車業界は今、100年に1度の変革期にあるといわれる。トヨタ自動車(以下、トヨタ)が「自動車をつくる会社からモビリティ・カンパニーへのモデルチェンジ」を掲げたのが象徴的で、開発現場に求められる要件も大きく変わった。電動化への対応はもちろん、省エネルギー、カーボンニュートラルなどの社会課題解決も視野に入れた、新たな価値創造につながる提案が重要度を増している。

中でも世界的なトレンドとなっているのが、「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」の導入だ。MIとは、これまで人の経験や勘、いわゆる“匠の技術”に頼ってきた材料の研究開発に、データやデジタルテクノロジーを活用することで新たな気付きを得る手法のこと。トヨタは、業界に先駆けて排ガス触媒、磁石、半導体や電池などの分野でMIに取り組み、多くのノウハウを蓄積してきた。これについて同社 先端材料技術部の庄司 哲也氏は次のように語る。

トヨタ自動車株式会社 先端材料技術部
チーフプロフェッショナルエンジニア
博士(工学)庄司 哲也氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。

「私は過去に文部科学省へ出向しており、その際にMIプロジェクトの企画・立案にあたり材料開発が大きく変わる可能性を感じました。『MIは材料の研究開発領域の革新』であり、今でいうDXだと感じたのですが、一方で国内の材料の研究開発現場では導入がなかなか進まない。米国や中国ではMIの取り組みが活発で、このままでは日本が後れを取ってしまうのではないか。そんな危機感を感じました」

そこで思いついたのが、MIの仕組みを広く業界全体に向けてサービスとして提供することだった。

「MIに関する共同研究を大学組織と進める過程で、これまで蓄積してきた自社の知見やデータ解析技術を誰もが使える形でサービス化すれば、業界全体のMIを加速できるのでは、と考えるようになっていったのです」と、同 先端材料技術部の矢野 正雄氏は振り返る。

トヨタ自動車株式会社 先端材料技術部
主幹 博士Q(工学)矢野 正雄氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。


MIの基盤となるクラウドサービスを顧客向けに展開

こうして開発したのが、トヨタの材料分析・データ解析クラウドサービス「WAVEBASE」である。材料から取り出したデータをクラウドに上げ、❝as a Service❝の形で利用できるようにする。データを投入して設定を入力すると、自動でデータベースが構築されて解析が始まる。分析の結果に基づき、材料開発をスムーズに進めることができる。

WAVEBASEの特徴は、それまでのMIと大きく発想を変えた点にある。「『大量のデータがなければ始められない』というのが従来の前提でした。ただ、それだと『データが少ないから統計処理できない』『活用が進まないからデータがたまらない』という負のループに陥り、いつまで経ってもMI導入が進みません」と話すのは同社の山口 剛生氏だ。

トヨタ自動車株式会社 先端技術開発カンパニー
先進プロジェクト推進部 AD-ZERO
プロジェクト創生グループ 主任 山口 剛生氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。

そこでWAVEBASEは、少量のデータからでも効果を生み出せるようにすることを主眼に置いている。材料データからくまなく情報を取り出し、それを統計処理できる形にして保存する。これにより、手持ちのデータが少ない企業も、容易にMIの第一歩を踏み出せるようにしたという。

WAVEBASEが材料開発にもたらす効果として、庄司氏は「その時点での最適値の予測がより簡単にできること」を挙げる。材料の数は無限であり、どこまで研究を続ければいいかの判断が難しい。データに基づく予測によって性能の最適値が分かれば、そこを目安に開発を切り上げることが可能になる。トヨタ社内の事例では、従来比で1/5程度まで開発期間短縮が実現できたという。

「どのくらい投資を続ければいいのかの判断も容易になります。以前はそれが分からず、結果が出るまでやり続けることが多かった。非効率な投資に終止符を打ち、コスト最適化が図れるのも大きなメリットです」と庄司氏は続ける。

データサイエンスの知見を持つブレインパッドと協業

サービスの立ち上げに際し、トヨタが重視したのがパートナーの存在だ。材料開発の経験や過去の取り組みのデータはトヨタ社内に存在していたが、それらをどのように分析すべきかというデータサイエンス、およびサービス化に必要な仕組みの構築に向けては、経験豊富な専門家の力が不可欠だったからだ。

「クラウド技術、データ基盤やデータ解析アルゴリズムの構築、アプリケーション開発などの技術分野は我々にとって未知の世界でした。そこで、これらの領域に知見を持つパートナーとして、ブレインパッドに協力をお願いしました」と山口氏。分析前のデータ加工や、ノイズを減らす際のしきい値の設定、データ同士の組み合わせの最適化など、具体的な手法に踏み込んだ提案が決め手になったという。

当時のことについて、ブレインパッドの早川 遼氏は次のように振り返る。「当社は、材料開発の知識を豊富に持っているわけではありません。ですが、データサイエンスにおいては、データそのものと向き合い、その価値を引き出す手法を考えることがポイントになります。これがデータサイエンス自体の特性であり、あらゆる領域に適用できる理由でもありますが、そこで当社が蓄積してきた知見を生かすことができたと思います」。

株式会社ブレインパッド ビジネス統括本部
アカウントマネジメント1部 アナリティクスインテグレーション営業1グループ
グループマネジャー 早川 遼氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。

もちろん、実際のプロジェクト推進においてはいくつかの困難も乗り越える必要があった。特に今回のプロジェクトには、一般のデータ活用プロジェクトと異なる要素が複数あったという。その1つが、クライアントであるトヨタのエンジニアが作成したアルゴリズムをクラウド上のシステムに実装することだ。トヨタ自身、長年の取り組みの中で、材料開発を自動化するためのトライアル&エラーを続けてきた。そこで作成したアルゴリズムをプロトタイプとして実装する必要があったのである。

「これを正しく実現するには、材料開発そのものの知識と、『WAVEBASEでどんな価値を市場に提供したいのか』に関するトヨタ様の想いを共有する必要があります。そこで、トヨタ様のプロジェクトチームの朝会に毎日参加するなど、あたかもトヨタ社員になったような形で仕事する体制を用意していただきました。ここで様々なコミュニケーションを続けたことが、非常に大きかったと思います」とブレインパッドの山口 将人氏は述べる。

株式会社ブレインパッド データエンジニアリング本部
アナリティクスアプリケーション開発部 山口 将人氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。

これはトヨタにとっても珍しい試みだったが、プロジェクトの目的を考慮して実践したという。デイリーなやり取りを通じ、両社が共にプロジェクトを「自分事化」していった。

「朝会では忖度なしの発言、思いつきレベルのアイデアなど様々な話が飛び交います。些細な会話も聞き漏らさず、次の提案にしっかり盛り込まれてきたときなどは、ブレインパッドのメンバーの質の高さを感じました」と矢野氏は言う。

データサイエンスの可能性を広げる取り組みになった

また、「今回のWAVEBASEプロジェクトはデータサイエンスの可能性を広げる意味でも大きな意味がある」と語るのは、ブレインパッド代表の草野 隆史氏だ。

株式会社ブレインパッド 代表取締役社長 草野 隆史氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。

「データサイエンスは『データから価値を得るナレッジの集合体』であり、その意味でとても汎用性の高いものです。様々な領域への“掛け算”によってビジネス成果を増大できますが、これまで日本企業は、その力を十分生かし切れていないように感じます。今回のように、当社にとって新しいビジネス領域のドメイン知識を持つお客様と取り組むことで、データサイエンス自体の可能性を拡張できます。まだ道半ばですが、ここで培った経験は今後、いろいろな場面で生きてくるはずです」

草野氏が語るように、トヨタとブレインパッドの取り組みはまだ続く。2020年に有償PoCサービスをスタートしたWAVEBASEは、10社ほどと取り組みを進めたのち、2022年4月からの本格的なサービスインに向けて活動中だ。PoCで見えてきた課題の解決や、本番稼働後のアルゴリズムの改良などにも引き続きブレインパッドが伴走していくという。「PoCでは、既存のデータからも新しい情報を取り出せるということを実感していただくケースが多数あります。お客様の材料開発の促進にWAVEBASEが役立てば、我々としてもこんなうれしいことはありません」とトヨタの穂積 正人氏は紹介する。

トヨタ自動車株式会社 先端技術開発カンパニー
先進プロジェクト推進部 AD-ZERO
プロジェクト創生グループ 主幹 穂積 正人氏
※所属部署・役職は取材当時のものです。

また矢野氏は次のように続ける。「現在は、ブレインパッドが構築したシステムを当社の環境に移植し、追加開発を行っています。設計が非常にしっかりしており、インタフェースも分かりやすく扱いやすい。これがプロの仕事なのだと感じましたね。サービスイン後はデータ量が増えるので、それをどう扱うかという課題も出てくると予想しています。そこでの提案にも期待しています」。

リユース、リサイクルを含めたサーキュラーエコノミーへの貢献など、材料開発に求められる要件は今後もどんどん増えていくだろう。10年、20年とかかるのが当たり前だった材料開発も、今後は変革が不可避になる。トヨタのWAVEBASEによるプロセスの短縮、効率化は、製造業界のみならず、未来の社会全体に大きな価値をもたらすものといえる。

「サービスを長く続けていけば、どんどん有益なデータがたまっていくでしょう。それが新たな経営課題や、社会の課題にどう対応するかを考える際の原資になります。当社とブレインパッドのチャレンジが、日本の産業界全体の競争力を高めることにつながっていけば、非常に素晴らしいですね」と庄司氏は強調する。

日本の基幹産業である製造業。データサイエンスの力が、今、ものづくりの現場とそれにかかわる各社のビジネスを強力に変革しようとしている。

※DXについて詳しく知りたい方はこちらの記事をお読み下さい。
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2004年の創業以来、「データ活用を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

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