DOORS DX

ベストなDXへの入り口が
見つかるメディア

勝つためでなく、食の安全底上げのためのAI活用、 協調領域で発揮されるFoodTechの進歩 「DOORS-BrainPad DX Conference-」レポート②

公開日
2020.10.30
更新日
2024.02.17

ブレインパッドは2020年2月19日(水)に、創業来初の大型カンファレンスとなる「DOORS-BrainPad DX Conference-」を開催しました。

このカンファレンスは、DX(デジタルトランスフォーメーション)にどう取り組んでいけば良いのか悩みを持つ企業の皆さまに向けて、各業界の最新の取り組みや成功事例に触れていただく「扉」となることを願い開催しました。
当日の来場者は300名を超え、日経BP、東洋経済新報社をはじめ、20名のメディア記者が来場する注目度の高いイベントとなりました。
当日はKeynoteに続いて、ブレインパッドがご支援させていただいている企業様の6つのセッションが開催されましたが、その中で注目度が高かったセッションについて、3回に分けてレポートいたします。

「食品メーカー発のイノベーション」をテーマとしたこのセッションでは、キユーピー株式会社 生産技術本部 生産技術部 未来技術推進担当 荻野武氏をゲストスピーカーに迎え、競争ではなく“協調”で達成されるAI活用のイノベーションについて、事例を交えてご紹介いただきました。そのイノベーションを実現するために必要不可欠な「理念」とは? 担当者の実体験を基に語っていただきました。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: qp-session-2048x1363-1-1024x682.jpg

(写真中央) キユーピー株式会社 生産本部 生産技術部 未来技術推進担当 部長 荻野 武氏 (写真左)株式会社ブレインパッド 取締役 塩澤 洋一郎 (写真右)株式会社ブレインパッド CDTO 太田 満久

 

データ活用を通じたビジネス課題の解決策は多様

まずブレインパッドの塩澤から、当社が得意とするデータ活用やテクノロジーを用いてどんなビジネス課題の解決が可能か、解説しました。

塩澤 ── ブレインパッドというとデータサイエンティストを多数揃えている、データテクノロジーを得意としている、という印象があると思います。
ですが、私たちの特長はそれらを掛け合わせて、お客さまと一緒にビジネスの解決策を作っていく会社だと思っております。

塩澤は、これまで当社が携わってきたバレーボールの戦略分析、精密機械の故障予測などの事例を挙げ、あらゆる分野でデータ活用とテクノロジーを用いた課題解決ができる可能性があると話しました。その上で「食品業界でもデータを生かした実践の先駆者がいる」として、食品メーカー大手・キユーピーの荻野氏が旗振り役となった不良材料の検知装置の開発にもブレインパッドがパートナーとして携わったことを紹介しました。

荻野氏は、不良材料の検査装置開発の背景として、日本の研究開発分野が他国に比べ大きく遅れを取っているという現状を挙げました。

荻野氏 ── 私のファーストキャリアは日立製作所での工場の設計で、その後は米国での新事業に携わっていました。
キユーピーや日立で学んだことを参考にさせていただきました。日立時代にいた工場は年間4000億の製品を作り、90年代には「ジャパン・アズ・ナンバーワン*」のモデルにもなっていました。連日連夜、海外から視察が来て、この活気は未来永劫続くと誰もが思っていました。ところが中国や韓国企業の興隆の影響もあり、10年後には完全閉鎖に追い込まれるという事態に。

この時、「どんな企業でも安住したまま変革を怠ると倒産してしまう」「自社だけでなく関係企業にも路頭に迷う人が大勢出る」と思い知ったと言う萩野氏。そこで気付いたのが「本当の敵は国内の同業他社ではない」という視点だったと語ります。

荻野氏 ── ソニー社やパナソニック社などの大企業はライバルだと思っていたけど、本当は違うのでは? と思うようになりました。
現在、最先端の技術はほとんど中国が握り、一部がアメリカという状況です。日本には食品メーカーが5万社ありますが、みんな同じようなやり方でAI開発をやってしまったらどうなるでしょうか。例えば10個のAIシステムが企業に要るとなると、その一つの開発に最低3人のエンジニアが必要になります。そうすると単純計算で国内では150万人以上のエンジニアがいなければ手が足りない。

「先端技術はエンジニア人口の多い国が必ず勝つ」「同業他社が同じやり方で開発を進めても他国に技術面で優位に立つことは難しい」。過去の実例から見えてきたのはこの2つの事実でした。エンジニア人口の少ない日本が活路を見出だすにはどうすればいいのか。そこで萩野氏が目指したのが、業界全体の底上げが達成できる「AI提供企業のモデル」作りです。

*ジャパン・アズ・ナンバーワン……1979年にアメリカの社会学者エズラ・ヴォーゲルよって書かれた著書のタイトル。高度経済成長を経て日本製品がアメリカを席巻した理由を日本人の学習意欲や社会制度から分析した。「日本人から何を学ぶべきか」をアメリカ国内に向けて示唆し、日本企業の官民一体の経営手法や品質管理の方法が注目されるきっかけとなった。


食の安全に関わる業界全体の底上げを目指す

荻野氏 ── どこかの企業理念を持った代表ユーザーが、AI提供企業とともに一つのモデルを作り上げる。それを他の同業他社に提供していく。
それぞれのテーマごとにブランドにとって重要だと思っているものをAI提供企業と作り上げ、業界にシェアリングしていく。このモデルがこれからの日本の技術開発に必要だと思っています。

荻野氏は「AIはイノベーション(新結合)だと私たちは考えます」と語ります。

荻野氏 ── 私たち企業はニーズをお客さまの価値に変換する。
その中身はさまざまな縦軸エンジニアリングチェーン、横軸のサプライチェーンにそれぞれAIを立ててバリューチェーンを強くしていくことにあります。

2018年から導入された検査装置は「AIで何かできないか」というキユーピーの専務の一言から構想がスタートしたと荻野氏は振り返りました。

荻野氏 ── まず、「良い商品は良い原料からしか生まれないという」自社の理念に基づいて、協力してくれている原料メーカーと同業他社の課題を考えようということになりました。
そこで焦点になったのが、原料メーカーが抱える「原料チェック」の問題。実際に現場で使っているのは欧州製の原料検査装置で精度も低く値段も高額、それに、検査後再び作業員が目視で検査している実態がありました。また、一度検査装置で検査をしてもチェックしきれなかった不良品が出てきてしまうので、エンジニアが毎日その日に出た不良品の状態を機械に登録し直さなければならないという手間もありました。

プロジェクト達成に向けた「3つのゴール」とは?

開発の前に掲げたのは以下の「3つをゴール」だったと言います。

荻野氏 ── まずは利益でなく志だよね、ということが最初にありました。
そのための理念として、
・世界一低価格(欧州メーカーの10分の1の値段にする)
・世界一高性能な製品
・世界一シンプル(エンジニアがいない中小企業でも使用できる)
の3つを設定しました。

このゴールを目指すために荻野氏が取り組んだのは「志を同じくして信頼できるパートナーを集めること」でした。ブレインパッドとの提携についても次のように語りました。

荻野氏 ── 人工知能の基礎研究から応用研究、プラットフォーム開発を経てシステムが出来上がりました。
AI開発としてGoogleさんが良いだろうと直感的に感じ、そこでGoogleさんのパートナーであるブレインパッドさんと出会うことになります。

各パートナー企業との提携によって検査装置は完成。不良品検知の方法を一新し、AIが良品を学習しそれ以外を弾く「異常検知」を用いて、検査精度を向上させました。

現場力×AI×パートナーの力

1年半で完成した検査装置の導入には原料メーカーの現場との信頼関係構築が重要だったと荻野氏。導入成功の背景には「現場力×AI×パートナーの力」があったと強調しました。

荻野氏 ── 検査装置を導入してくれた、現場にいる原料メーカーの作業員たちもたくさんの知恵を出してくれました。
現場力×AI×パートナーの力、この掛け算の部分は新結合といってしまうと味気がないので、「信頼があってこそ」と言わせていただきたいと思います。

真に現場の課題に応える技術開発には、現場とパートナー企業との相互理解への努力が欠かせないことが伺えます。検査精度は世界一の水準を達成し、現場のニーズに応える性能が認められ、80社以上の食品原料メーカーから「使わせて欲しい」と申し出があったそうです。業界全体のために協調領域の開発に挑む意義が、改めて確認できる結果となりました。

荻野氏 ── 食品メーカーとは別の業界課題でこのようなスキームを動かしていけば、最初に申し上げた150万人のエンジニアを集められなくても日本の技術開発は進んでいきます。
1社が他社のために、他社が1社のためにという“One for all、All for one”でやっていく。この部分が一番重要なのではないでしょうか。

協調領域という幅広いDXが持続可能な社会を実現する

塩澤は、食の安全全体の向上を目指すという協調領域(業界共通課題)への取り組み方について「協調領域を狙っていくのは私の経験上だと主にベンチャー企業、今回のように大手メーカーがこれほど深くコミットするのは非常に珍しい」と指摘しました。

会場からも、「生産現場で協調領域に取り組むと今後差別化が難しくなるのでは?」という質問が挙がり、萩野氏は次のように返答しました。

荻野氏 ── 協調領域とは何か?
ピンとこないかもしれませんが、TVコマーシャルで「検査装置を使ったからキユーピーの製品には虫が入っていません」と宣伝しても、それはお客さまからしたら当たり前のこと。食の安全に関わる基本の部分で差別化はできません。

「やはり戦う相手は同業者ではなく、人口の多い国の企業」と萩野氏は語ります。日立の工場が閉鎖したのは同業他社との競合が理由ではない、という萩野氏の見解に従えば、「日立VSパナソニック」といった国内の狭い戦いばかりでは、他国を競合相手とした技術の底上げには限界があると想像できます。

荻野氏 ── 例えば「中国の巨大企業VS日本の企業」というようなスケールの大きな戦いに臨むには、差別化ではなく協調領域での開発がより重要になってきます。ブランド差別化のところは大いに戦いましょう。
協調領域のところはみんなで助け合おう。こんな形で進められたら良いですね。

荻野氏は激化するグローバル市場に適用するには避けて通れないイノベーションの在り方を示し、セッションを締めくくりました。

自社をはじめパートナーや同業他社も共に変化していくという協調領域の開発は、形ばかりの協力ではなく「利益ではなく志」「良い商品は良い原材料からしか生まれない」というキユーピーの信念がなければ成功し得なかったでしょう。また、経営層からの信頼が厚く、広い視野で業界全体を見通せる人物がリーダーシップを発揮してこそ、ビジネスの価値観を刷新する「真に強いDX」を実現できるのだと実感させられました。

※DXの定義や意味をより深く知りたい方はこちらもご覧下さい
【関連】「DX=IT活用」ではない!正しく理解したいDX(デジタル・トランスフォーメーション)とは?意義と推進のポイント



このページをシェアする

あなたにおすすめの記事

Recommended Articles

株式会社ブレインパッドについて

2004年の創業以来、「データ活用を通じて持続可能な未来をつくる」をミッションに掲げ、データの可能性をまっすぐに信じてきたブレインパッドは、データ活用を核としたDX実践経験により、あらゆる社会課題や業界、企業の課題解決に貢献してきました。 そのため、「DXの核心はデータ活用」にあり、日々蓄積されるデータをうまく活用し、データドリブン経営に舵を切ることであると私達は考えています。

メールマガジン

Mail Magazine