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【前編】経営にデータサイエンスをどのように取り入れるか~DX推進の成否を分ける5つのトピック~

執筆者
公開日
2022.02.22
更新日
2024.02.22

データサイエンティストの辻陽行です。

簡単に自己紹介をさせていただきますと、私はこれまでブレインパッドでデータサイエンティストとして10年近くデータサイエンスを用いたDX支援をさせていただいておりました。

現在は、副部長としてデータサイエンティストがこれまでより経営に近い領域でデータサイエンスを用いた価値創出ができるようにケイパビリティを広げる活動に従事しております。

今回は、経営者の方々からDXに関する現状や目指す姿をお伺いする中で感じた課題や現場で起こっていることのギャップをもとに「経営にデータサイエンスをどのように取り入れるか」と題して、現在の経営判断やそれに準じたオペレーションにデータサイエンスを取り入れる上で考慮しておくべき事項をお話させていただきます。

データサイエンスを用いたDXのご支援を通してお話を伺う中で、「データ活用プロジェクトは動いてはいるがデータサイエンスによる貢献がどれだけあったのか計測できておらずいつまで投資すべきか判断に困っている」、「AIシステムを導入したまではよかったが、現場での活用が進んでいない」といった課題を抱えていらっしゃるケースが増えてきたように感じております。

こういった課題は個々のプロジェクトの問題ではなく、データサインエンスを経営やオペレーションに取り入れる上で考慮すべき観点が漏れていた、もしくは後で発覚したことによって生じているものだと考えられます。

そして、これらの課題はプロジェクトへの投資が決定しAIシステムの開発が進んでしまってからでは解決が難しいことが多いため、投資を判断する時点での検討が重要となってきます。

これまでのDX支援の経験をもとに、投資を判断する時点で検討すべき「DX推進の成否を分ける事項」を5つの観点に整理させていただきました。

今回の記事がデータサイエンスやAIを活用したDXを推進しようとしている意思決定者の皆様に少しでも役に立てれば幸いです。

◆DX推進チェックリスト

  1. 現行オペレーションの前提と創出価値が何かを洗い出しているか
  2. 取り組むべき課題に対する投資効果の算出基準が定まっているか
  3. 妥当なAIシステムのリリースの条件が設定されているか
  4. AIシステムが介入することを前提とした運用方法が設計されているか
  5. DX実現後の人事評価のあるべき姿が設計されているか

本記事の執筆者
  • データサイエンティスト
    辻 陽行
    会社
    株式会社ブレインパッド
    所属
    アナリティクスコンサルティングユニット
    役職
    マネジャー
    機械学習を用いた需要予測や判別問題に関する事例を担当。プロジェクトの立ち上げから機械学習アルゴリズムの仕組み化の支援までを主に担当。

現行オペレーションの前提と創出価値の洗い出し

最もデータサイエンスを経営に取り入れる上で重要だと考えられるのが、現行オペレーションの前提や創出価値の正確な把握と洗い出しです。

なぜ重要かというと、AIの予測精度やAIによる改善効果はモデルを作る際の前提条件の強さに大きく依存するからです。

どうしても変更が難しい条件は仕方がないにせよ、多くのオペレーションは現状の担当者の能力の限界や確保可能な人員数の制約をもとに構築されていることが多く、本質的には変更可能な前提条件と言えます。

どれが変更可能な前提条件でどれが変更不可能な前提条件なのかを洗い出さないまま、現行オペレーションが採用している前提をもとにAIシステムを構築すると、大抵の場合は人間より多少効率は良いがさほどありがたくないシステムが出来上がる可能性が高まります。

現在のオペレーションが創出している価値を洗い出すのも「AIが本当に人間が生んでいる価値を上回れるのか」を見積もるのに重要です。

在庫管理に関するオペレーションをデータサイエンスを用いて効率化する場合でも内情を聞いていくと「日中の在庫欠品はデータでは観測されず現場担当者が目検で確認して対応している」、「セール時は在庫を店頭に出している暇がないので事前に店頭に配置して欠品に備えている」といったイレギュラーケースへの細やかな対応が人間の手で行われており、AIでの代替が容易ではないケースが見つかります。

実際に我々がプロジェクトに参画させていただいた際には、それが需要予測に関するご相談であるにせよ、不良検知に関するご相談であるにせよ、まずは「現在のオペレーションが前提としている状況は何か」、「そのオペレーションが生んでいる価値は何か」を丁寧にヒアリングします。

このようなヒアリングを通して、AIを活用することで現行オペレーションそのものを変更した方が効果的であるケースを発見できたり、逆にAIを活用しても解決不可能なオペレーションが何かを特定したりすることにつながります。

逆に洗い出しが不十分であった場合には、AIの活用が単なる業務改善にとどまることが多く、最悪の場合はビジネスに重大な影響を及ぼすリスクを抱えた状態でAIが運用され現場が混乱するリスクが高まります。

 例えば、生鮮食品を取り扱うスーパーで「毎日夕方17時までに次の日の商品発注を行う」オペレーションが実施されていたとします。

この場合、現行オペレーションが創出している価値は、「翌日の商品需要を予測し欠品や過剰在庫が生じないような発注を行うこと」になるでしょう。

また、このオペレーションが前提としている状況は「他タスクや発注業務の煩雑さから発注は1日1回」、「発注処理を簡単にするために全ての商品の発注を一括で登録する」といったものが考えられます。

このオペレーションをAIを活用したDXの取り組みによって改善しようとした場合によくあるのが「夕方17時までに収集可能な情報を元に翌日の商品需要の予測を行い発注担当者の発注業務をサポートする」、「予測精度の高い商品についてはAIによる自動化を進めて省力化を図る」といった展開です。

悪くはありませんが、せっかく人力でやっていたオペレーションに対してAIを活用しようとしているのですから、現行オペレーションの前提についてはもっと再考の余地があるでしょう。

  • 1時間毎に予測を出す直前までの情報を使って予測値を更新できたとしたら、予測精度はどの程度改善するのか?それによってどんな利益が生まれるか?
  • 商品毎の予測精度のばらつきによって商品発注のタイミングをずらすことができたらどんな利益が生まれるか?

上記のような問いからスタートするDXプロジェクトと現行オペレーションの改善・自動化を目的にスタートするDXプロジェクトでは最終的に到達するゴールは全く違ったものになります。

そして、この違いを生み出すためには「DXの構想段階から経営層が関与しDX設計を行うこと」が必要となります。

スーパーの例をもとに説明しますと、生鮮食品部門の責任者は現行オペレーションを改善する際に毎日夕方17時の発注オペレーションそのものを自分が変更できるとは考えません。

そのオペレーションを変えようと思ったら配送業者との調整や発注システムの大幅な変更などが必要になり、自分の権限を遥かに超えた話に発展することになります。生鮮食品部門の責任者ならオペレーションの前提を大きく覆さない範囲での改善を主眼にDXを進めることが想像されます。少なくとも私が生鮮食品部門のDX推進責任者ならそうします。

しかし、会社の戦略そのものに対する意思決定権を持つ経営層であれば、現行オペレーションの前提を考慮したDXを設計可能なはずです。というより、経営層以外にその設計を描ける人物はいないはずです。

このようにAIを活用したDXを推進すると一口に言っても、現行オペレーションの前提や創出価値の理解度や視座や権限の違いによってたどり着ける未来は全く異なったものになります。

最初の段階で行われる現行オペレーションの前提と創出価値の洗い出しの成否がプロジェクトの成否の大半を決めていると言ってもよいかもしれません。

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投資対効果のある取り組みの選定

次に検討すべき点は、「どの取り組みに投資すべきか」、「取り組みの選定基準は何か」という点です。

現行オペレーションの洗い出しを行うと、ビジネス上の様々な課題に対応するためのオペレーションが複雑に構築されていることが明らかになってきます。

洗い出されたオペレーション全てに対応するようなAIシステムを導入しようとすると対応範囲があまりにも広大なため、DXそのものが前に進まないということが起こります。そこで、取り組むべき課題に優先順位をつけて対応する順番や対応範囲を決めていくわけですが、ここでも気をつけておくべきことがあります。

業務改革プロジェクトにおいて優先順位を決める場合には、収益インパクトの大きい領域を洗い出して解決難易度を業務ヒアリングなどを通して暫定的に定めてプロジェクト着手の順番や範囲を決めることが一般的です。

一方、AIを活用したDXを進める場合にはプロジェクトの優先順位を決めようにも、構想段階ではAIがどの程度課題を解決できるか不明なため着手すべきプロジェクトを決めあぐねることになります。

そのため、AIを活用したDXプロジェクトではAIの導入効果を見定めるためにPoC(Proof of Concept:概念実証)が実施され、その結果を受けて投資可否が決まる流れが一般的です。

ただ、このPoCも経営層が音頭を取って投資可否判断条件を設計しないと世に言う「PoC地獄」に陥ることになります。PoC地獄と称されるようなPoCが何度も繰り返されオペレーションへの適用に至らないDXプロジェクトには、下記のような傾向があると思われます。

  • 現行オペレーションの予測精度・判別精度が計測されていないことにより、AIシステムの予測・判別精度と比較可能な対象がなく、AIシステム導入価値が算出できない
  • 投資対効果についての議論が尽くされておらず、漠然とAIシステムが達成すべき精度目標だけが設定されており、それをひたすら改善するための取り組みが繰り返されている

上記の問題は、下記の理由によって生じていると考えられます。

  1. オペレーションの良し悪し自体が定義されておらず何を根拠にオペレーションが改善したかを示すことができない
  2. データサイエンスによる改善がどれだけコストの削減や利益の増大につながるのかを試算していない

投資すべきプロジェクトを判断するためのPoC自体が目的化しないように、経営層が主導して下記の指針を立てる必要があると考えられます。

  1. 経営目標に対する現状のPoCの達成度合いと現行のオペレーションの達成度合いの可視化および評価の枠組みを策定する
  2. PoCの開始段階でAIシステムによって問題が改善した場合に期待した利益が得られるかを試算するフェーズを設置する

上記の指針を策定することで、そもそもPoCを始められる段階にあるのか、AIシステムの改善が投資対効果に見合うのかをPoCの早い段階でジャッジできるようになると考えられます。

特に、PoCが始まってしまうと設定された精度目標の改善に関係者の関心が集中しがちで「そもそもその課題に取り組んでいて良いのか」、「実際の問題としてどの程度改善できる見込みがあってそれは投資に見合うのか」といった大局的な観点が忘れられがちになるので、意思決定者のPoCへの定期的な関与が重要です。

このようにAIを活用したDXプロジェクトを推進する場合には、AIを適用するビジネスの規模を考慮するのはもちろんですが、不確実性を伴う課題をAIがどの程度解決できるかを考慮に入れて優先順位を決めていくことが重要となってきます。

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【後編】経営にデータサイエンスをどのように取り入れるか~DX推進の成否を分ける5つのトピック~



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