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【後編】DXに必要なのはデータを「蒸留」させるプロセス ~巨大流通企業の「サプライチェーンDX」を成功に導く勘所~

執筆者
公開日
2021.03.16
更新日
2024.02.22

前編はこちら

「2024年問題」で日本の物流になにが起きるのか、より深く知りたい方はこちらもご覧ください。
運送業界の「2024年問題」とは?業界の現状から考える解決法

本記事の執筆者
  • コンサルタント
    押川 幹樹
    会社
    株式会社ブレインパッド
    役職
    執行役員アナリティクスコンサルティング担当
    東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。アクセンチュア株式会社に入社後、国内外でデータ活用に関するさまざまなプロジェクトに従事。2017年よりブレインパッドに参画。機械学習を活用した発注最適化や数理最適化による物流効率化など、データによるサプライチェーン改革の他、営業活動の高度化、医療データサービス立ち上げの構想策定支援、AIソリューション開発体制の構築支援など、幅広い業界・領域でのアナリティクス技術を活用したDX支援の実績をもつ。2023年7月より現職。

某物流会社での発注業務改革プロジェクトの実例

私が担当した事例に、とある物流会社における発注業務改革のプロジェクトがありました。

その物流会社では、メーカーから商品を仕入注文に応じて各店舗に配送しています。これまでにも改善の取り組みはされていたものの、過去実績の移動平均など比較的シンプルな需要予測を基にした発注業務にとどまっていました。

そのプロジェクトでは、前述のデータのアセスメントや、それによって判明した矛盾や不足の修正、基礎分析によるインパクトの試算・計画の策定を経て、機械学習のモデルの構築を行いました。天候や曜日や配送センターの稼働スケジュール等を考慮したアルゴリズムを開発し、過去データを使ったシミュレーション、PoC(概念実証)を通じた試行運用を経て、それまでの業務に比べ高い在庫効率と省人化を達成することができました。

その会社では小売店に対して卸売を行っているため、ビジネスにおいて「倉庫における欠品」は販売機会ロスを招き、小売店のクレームの原因となるため絶対に避けなければなりません。そのためどうしても過剰な在庫を持つ運用になりがちです。精度の高い需要予測を行い、その精度に基づく安全在庫をもつことで、欠品リスクに対して適切なレベルの在庫を持つことが可能になります。

発注スケジュール等の運用が変動しない場合、在庫圧縮の度合いは、需要予測精度に依存し、そのためには、消費者の需要や中間にいる発注者の行動をどれだけ正確に捉えるかが重要になります。しかし、企業単体が収集・保有しているデータはサプライチェーンの一部のデータだけであることがほとんどで、上記の情報を把握しようとすると、他の組織・会社のデータが必要となるケースがほとんどです。

会社間のデータの連係については、総論としての合意があっても、企業間の力関係もありますし、他社に貴重(だと思っている)なデータを提供することには抵抗があるでしょう。

また対価を払って提供を依頼する場合も、活用如何でそのデータが生み出す効果は変動するため、事前にその価値算定を正確に行うのは困難です。

小売店にはPOSデータがあることはわかっていたのですが、そのデータを用いたアルゴリズム開発を進める交渉は容易ではなく、クライアントでも色々な手を尽くしてデータ提供の交渉を行って頂きました。我々はその後方支援として、いただいたデータを使った分析レポートなどの「お土産」を武器として渡すなどして、お手伝いをさせていただきました。


経営陣をDXプロジェクトに巻き込むためのカギ

データを他社に渡すということは、政治的な問題になりがちで、経営陣の合意と協力は欠かせません。このケースでは親会社が「取り組みの結果として得られる利益やコストの配分などは、親会社が責任をもって(各社の損失にならないよう)差配する」ということなど事前に合意形成に向けた地ならしをしてくれたことが大きく、それなくしては了承は得られなかったのではないかと思います。

DXプロジェクトは長期間にわたり、少なくないコストがかかるため、経営陣のコミットが必要になってきます。

しかしながら、経営陣が必ずしもAIを含む情報技術に理解が深い方ばかりではないため、いかにDXの価値と必要性を理解していただきプロジェクトに巻き込んでいけるかがカギになります。

ポイントは「丁寧でわかりやすい説明」に努めることと、取り組まざるを得ない状況を作り出して行くことです。下図は大手食品メーカーのサプライチェーンマネジメントのプロジェクトで、経営陣に需要予測モデルを料理に例え説明した際の資料です。

また、こういった新しい取り組みに対して、クライアントと我々で相互に信頼しながら、互いの得意な事を進んでやっていくことも重要です。ベンダーに丸投げ・クライアントに言われたことだけやる、というスタンスでは、DXプロジェクトが本質的にもつ不安定さに対応することは難しくなります。上記ケースでもクライアント側の担当部署と我々が信頼関係を築き、「ワンチーム」として動けたことが、成功の一番大きな要因であったと思っています。

サプライチェーンDXを成功に導く「鷹の目」「蟻の目」

提供されたPOSデータを活用して、それまで卸売会社が備えていた在庫を大幅に減らすことに成功しました。現在は次フェーズに突入し、アルゴリズムの適用範囲拡大に向け、ビジネス慣行に合うようアルゴリズムの補正開発を進めながら、「ラストワンマイルのデータ修正作業」として改革を継続しています。

サプライチェーンとは、文字通りいくつもの企業が鎖のように連なり係わって機能していますが、これを定量的に把握しようとすると、日々生成される莫大なオペレーションデータを相手にしなければいけません。

DXの一丁目一番地である「データを起点に業務改善を進めること」は、非常に有用でありつつも、連鎖した業務改善は容易ではありません。

各組織がトップレベルでDXの必要性について認識を共有し、協力し合う体制を作ること。その上でグランドデザインを描き、足元の地盤固めの作業(きれいなデータを揃える)を行っていくこと。

「大きな構想を持ちつつ、地道な作業を疎かにしない」

多くの関係者・立場が重なり合う中で「鷹の目」「蟻の目」の視点を持ってDXと向き合い、小さな成果を1つずつ積み上げていった先にこそ、DXの成功があります。

【あわせて読む】ものづくり白書から読み解くシリーズ

・【ものづくり白書から読み解く①】日本の製造業におけるDXの課題とは?「エンジニアリングチェーン」と「サプライチェーン」を実現するデータ活用
・【ものづくり白書から読み解く②】製造業DXで重要とされる「設計力」とは
・【ものづくり白書から読み解く③】製造業に及ぼす5Gの影響は?
・【ものづくり白書から読み解く④】製造業のDXを推進する人材とは?
・【ものづくり白書から読み解く⑤】ダイナミック・ケイパビリティとは?
・【ものづくり白書から読み解く⑥】サプライチェーンにおけるサイバーセキュリティの今



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