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2026年6月、シンガポールで開催されたアジア最大級の小売業界向けイベント「NRF APAC 2026」。ブレインパッドは同イベントが2024年に初開催されて以来毎年参加しており、今年は本イベントにブース出展し、現地の熱気や最新トレンドを肌で感じてきました 。
今回は、実際に現地でブースに立ち、世界中の来場者と対話を重ねたブレインパッドのメンバー2名(押川、福西)に、現地のリアルなトピックスと、日本の小売・流通企業が今後どのようにAIと向き合っていくべきかについてインタビューを行いました。
DOORS:まずは、実際に出展してみて感じた全体の傾向について教えてください。
会場の雰囲気や、来場者・他出展社が取り上げていたトピックス・トレンドは何だったのでしょうか?
福西:今回のNRF APACは3回目の開催ということもあり、展示会場のフロアは前回の倍ほどの規模に拡大していました。
展示全体のトレンドで言うと、とにかく「エージェント」というキーワードが主流になっていました。これまで、AIや生成AIというと私たちのようなソフトウェア企業が中心になって語ることが多かったのですが、今回はハードウェアの企業でも自然言語で指示を出せるAIエージェントのインターフェースを搭載しているのが当たり前になっていました。「エージェント」においてハードとソフトの垣根が急速になくなってきているのを感じて、少し驚きました。
DOORS:なるほど、ハードとソフトの垣根がなくAIエージェントが入り込んできているのですね。活用範囲にも変化はありましたか?
福西:はい、大きく広がっていると感じました。これまでは、店舗での顧客対応(カスタマーサポート)や、現場の従業員をサポートするといった領域でのエージェント活用が目立っていました。しかし今回は、サプライチェーンの最適化や、本社の本部で戦略を考える専門性を持った人達の高度な意思決定をサポートするような領域にまで、活用が広がっていると思います。例えば、工場での生産計画で少し条件を変更した場合のシミュレーションをさせるといった、実務の根幹に関わる部分での活用提案が増えていました。
押川:その一方で、とても興味深かったのが「一周回って、人(消費者)に対する理解が一番大事だよね」という話が、大きなアジェンダとして戻ってきていたことです。
DOORS:「一周回って人の理解」ですか。具体的にはどういうことでしょうか?
押川:データの蓄積やCRM(顧客関係管理)の仕組み自体は、ある意味でどこの企業も整えています。故に競争優位性を生み出しにくくなくなっていると思います。だからこそ、これまでの単なるデータ集計ではなく、AIやデータを駆使して「より深い消費者インサイト」を獲得し、人間への理解を深め、その理解を通じてどう顧客対応をするかが、結局のところ一番の差別化に繋がるという認識が広がっているのだと思います。
DOORS:AIエージェントを掲げる展示企業がほとんどの中で、データやAIの活用支援を本業とするブレインパッドの視点から見て、特に気になったトピックスは何でしたか?
福西:ハードウェア企業も含めて、表面的な「自然言語インターフェース」はどこでも作れるようになった時代だからこそ、「その裏側で本当に最適な提案ができているのか?」が問われるフェーズに入ったと強く感じました 。エージェントに私たちが長年培ってきた予測モデルや最適化モデルと大規模言語モデル(LLM)をいかに組み合わせて、ビジネスインパクトに直結する精度の高い意思決定を導き出せるか。が重要であると感じ、そこが私たちブレインパッドのご支援の主戦場だと再認識しました。
実際に私たちが展示した「店長支援エージェント」に対する反応も、それを裏付けるものでした。ある大手小売企業様の営業企画部長の方にデモをお見せしたところ、「現実に引き戻された」という感想をいただいたんです。
DOORS:「現実に引き戻された」というのは、どういうニュアンスでしょうか?
福西:私たちが展示した「店長支援エージェント」は、店舗の売上分析や発注の最適化といった、現場の泥臭い業務に直結するソリューションです。営業企画部長は「良い意味で世の中には、AIを使った夢物語のようなキラキラしたコンセプトで溢れているが、店長支援エージェントは専門性を兼ね備えすごく実用的で、地に足がついている」と高く評価いただき、彼らが日々直面している現場の専門的な課題感に即している事を改めて感じました。
押川:AIの価値に対する「誤解」もまだ多いと感じました。多くの人が「AIは人間よりも賢くてすごいもの」という期待を持っているのかなと思います。例えば、企業内のトップクラスの優秀な社員のような優れた判断や業務ができるかと言われると、現時点ではそうではないかもしれません。しかし、AIの真の価値は「人間なら1年に1回しかできないような複雑な分析や思考を、年に何十回、何百回と24時間365日繰り返すことができる」という、その“思考の回数”にあるんです。
“思考の回数”とは試行錯誤の回数が増える・増やす事であり、問題解決の精度とスピードを向上させ、「仮説の精度」が高め、結果的にトラブル解決等の時間が短縮されたり、「先回り」ができるようになるということです。
ここに気づいている企業は、AIの活用に対して非常に前向きでした。
福西:さらに言えば、AIエージェントによる“思考の回数”を通じて「早く自社の独自性を学習させること」の重要性も感じました。この重要性を理解している人はAIエージェントを活用して鋭い切り口でどんどん分析を深められますが、そうでない人は最初の表面的な回答を見ただけで終わってしまいます。だからこそ、自社の優秀な人材の暗黙知を形式知化し、組織全体のナレッジとして標準化する・AIエージェントに載せていくことが、今後の大きな競争優位(先行者利益)になるはずです。
DOORS:最後に、今回のNRF APACで得た知見や最新トレンドを、日本の小売企業が自社に取り入れていくためには、どのような姿勢が必要だと感じましたか?
福西:日本の小売企業の多くは、AI導入に対してまだ非常に慎重かなと思います。慎重な姿勢の理由の1つに「AI投資の費用対効果が不透明・不明瞭」があり、一歩を踏み出せない企業が少なくありません。
押川:その慎重な姿勢は、実は大きなリスクを孕んでいます。例えば、小売の現場では「棚割り」などの業務を、メーカーや卸売業者に頼るケースも少なくありません。もし小売企業自身がAIエージェントを活用してデータを分析・管理する力をつけなければ、自社の貴重なデータや顧客インサイトの主導権を、メーカーや卸売業者に完全に握られてしまうことになります。実際に、「小売側がこのうようなAIを使いこなす前に、自分たち(メーカー側)が先にAIを導入したい」と語るメーカーの方もいたほどです。「AI投資の費用対効果が不透明・不明瞭」だからという次元ではなく、冒頭に申し上げた「一周回って、人(消費者)に対する理解が一番大事だよね」という顧客データ等の覇権争いが起きているのです。
DOORS:それは非常にリアルで恐ろしい話ですね。小売企業が自らのデータを武器に戦うためにも、自社でのAIエージェント活用が急務だということですね。
押川:おっしゃる通りです。「店舗の状況を定量的に把握する」「消費者のニーズをデータから分析する」といったことは、小売業における“当たり前”の基本動作です。しかし、多くの企業がその当たり前をやりきれずに苦しんでいます。AIを魔法の杖のように捉えるのではなく、「当たり前のことを、当たり前に、徹底的にやるための強力な手段」として向き合うことが、今一番求められていることです。
福西:NRFというイベントの性質の違いも面白かったです。ニューヨークで開催される本家NRFは「我々はこの最新技術でこんな大成功を収めた。是非トライしてみよう!」というトップダウンの空気感が強かったです。一方で今回のアジア版(APAC)は、「私たちはこうやってみたけれど、国も状況も違うあなたたちは、これをどう自社に活かす?」といった、より現実的でローカライズを前提としたスタンスが感じられました。
DOORS:なるほど。海外の華やかなトレンドをそのまま鵜呑みにするのではなく、自社の現場の泥臭い課題にどう落とし込むかが鍵になりそうですね。本日は、現地のリアルな熱量と、日本企業が直面する本質的な課題について、非常に深いお話をありがとうございました。
NRF APAC 2026での取材を通じて見えてきたのは、AIが「目新しいテクノロジー」から「実務の専門領域へのインフラ」へと移行しつつある現実でした。表面的なUIの導入競争は終わり、その裏側でいかにデータを結合し、人間では不可能な思考回数のシミュレーションを回して、泥臭い現場の課題を解決するかが問われています。
日本の大手小売・流通企業にとって、今は「AIを様子見」をしている猶予はありません。自社のデータとノウハウをAIエージェントに学習させ、自らの手で意思決定の主導権を握り続けること。それこそが、これからの時代を生き抜くための唯一の道と言えるのではないでしょうか。
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