シリーズ:マーケティングの意思決定とデータ
第6回:数式の果たす役割

第5回の記事はこちらからお読みいただけます。

マーケティング領域での意思決定とデータとの関わりを論じる本シリーズ。
第6回である今回は、データを解釈する際の数式の役割について論じてみようと思います。

数式はビジネスの役に立つ

ビジネスの世界は不確実性に満ちています。どんなに過去のデータを分析して、合理的な意思決定をしたとしても、望んだものが100%得られるということはありません。

しかし、それでも私はデータを分析すること、複数の要素間の関係を数式化することは、ビジネスに役に立つと思っています。今回はそれを、二つの例を用いて説明します。

※前回と同じく、お話する内容は実際に私が経験したことではありますが、それを一般化するためにデフォルメしたものですので、その点ご留意ください。

何が、どれだけ重要か

下図は、ある総合通販で、ある時期に獲得した顧客の、1年後の購入回数別人数分布です。このグラフから、皆さんは何を読み解かれるでしょうか。

恐らく、すぐ目につくのは、1年経っても1回購入でとどまっている顧客が非常に多いということでしょう。このことから、まずは単純に、2回購入してもらうことがいかに重要かはわかります。

では、その2回購入してもらうことが、購入回数全体にどれほど重要か、と聞かれるとどうでしょうか。

例えば、2回購入してもらうことと、3回購入してもらうこととは、どちらがどれだけ重要かと聞かれると、すんなりと答えるのは難しいかもしれません。

図. 通販である時期に獲得した顧客の1年後の購入回数別人数分布(イメージ)

それに答えるため、ここではグラフにひと工夫してみます。先ほどのグラフの縦軸・横軸をともに常用対数にしたのが下図です。このグラフからは、何が読み解けますか?

図. 通販である時期に獲得した顧客の1年後の購入回数別人数分布(両対数)

先ほどと異なり、この2つの数値の関係の直線性が目に留まるのではないでしょうか。実際に近似式を推定し、グラフに追加したのが次の図です。

直線のグラフと元のグラフはほとんど重なっており、判別するのが難しいほどです。このように、グラフの両軸を対数にしたときに直線関係になる分布を、「べき分布」と言います。

つまり、獲得から1年後の購入回数と顧客数との関係は、べき分布に従っているだろうと考えられるのです。

図. 前述のグラフをもとに推定された近似式とそのグラフ(破線)

この、べき分布の性質を改めて考えると、ビジネスについて重要な示唆が得られるのです。

先ほども述べたとおり、べき分布であるということは、両対数をとれば、2値間の関係は直線になります。そして、直線であるということは、2点が決まれば全体が決まる、ということです。

また当然、購入回数は1回から始まり、2回、3回……と1回ずつ増えて、間をとばすことはありません。つまり、購入回数別の人数分布がべき分布であるならば、顧客の総購入回数は、1回購入で留まる人数と、2回購入で留まる人数とで決まるとなります。

話を戻して、2回購入してもらうことがどれほど重要かという問いについて考えましょう。今やそれが、顧客の総購入回数に支配的な要因であることが容易に納得できるのではないでしょうか。

さらにこのことから分かるのは、顧客の総購入回数は、1~3回購入の顧客数によって決まるということです。

ならば、購入回数を増やすための施策のコストは、ここに集中的に投下されるべきです。恐らく、何度も繰り返し購入して頂いているお得意様にもう1回でも多く買っていただくというような施策の効果は限定的でしょう。

素朴な仮説を数式化してみる

今回例示した通販では、顧客に2回購入してもらうことが、総購入回数の増加にとって最重要でした。そこで次に、顧客の2回目購入がどのように起こっているのかを考えてみることにしました。

下図は、ある時期に獲得した顧客の、獲得からの経過日数別2回目購入者数のグラフです。周期性もありますが、全体的には、獲得から日が経つにつれて2回目購入者数が減っているようです。

図. ある総合通販における初回購入からの経過日数別2回目購入者数(イメージ)

では次に、なぜこのようなことが起こるかを考えてみましょう。すぐに思いつくのは、時間が経つにつれて前回の買い物体験の記憶が薄れてしまい、リピート利用しづらくなるというようなものでしょうか。

確かに、その説明は一理ありそうです。しかし、そこには重要な視点が漏れているように思われます。

それは、2回目購入というのは、「ひとり1回しかできない」ということです。つまり、2回目購入者が増えれば増えるほど、2回購入する可能性のある顧客の数は減っていくのです。どういうことか、初回購入が1,000人だった場合で下表に示します。

表. 初回購入が1,000人だった場合の、2回目購入についての人数構造

この表の、「2回目購入していない顧客数」に注目してください。当然ですが、2回目購入者が増えるほど、その数が減っています。

ではこの表に、「2回目購入していない顧客数」を分母にした、日毎の2回目購入率を加えてみましょう。下表のようになります。

表. 初回購入が1,000人だった場合の、2回目購入についての人数構造と購入率

このように、一日あたりの2回目購入率が一定であったとしても、2回目購入者数は経過日数とともに減少するのです。もし、このような理由で2回目購入者数が減っているなら、「時間が経つにつれて前回の買い物体験の記憶が薄れてしまい、リピート利用しづらくなる」というのは筋が通りません。

では、実際にこのようなことが起こっているかどうかは、どうやったら確かめられるでしょうか。2回目購入する可能性のある顧客の中から、経過時間に従って、一定の割合で2回目購入する顧客が発生するという現象は、高校数学レベルですぐに数式化できます。

ここでは詳細は省きますが、累積2回目購入者割合は、2つのパラメータをもつ関数で表されるのです。まずは、先ほどのグラフを、累積2回目購入者割合のグラフに直したものが下図です。

図. ある総合通販における初回購入からの経過日数別累積2回目購入者割合(イメージ)

これに、最終的に2回目購入する顧客の割合が約25%、そこから毎日約3%の顧客が2回目購入をすると仮定した場合の数式で推定した購入者割合のグラフを加えたのが下図です。

図. 一定の割合で2回目購入が起こるという仮説をもとに推定された値のグラフ(橙線)

初回購入後20日くらいは2つの曲線が少しずれますが、その後、重なっています。このことから、初回購入後20日までは、それ以降に比べると2回目購入する顧客の割合が大きく、その後はほぼ一定の割合で2回目購入が起こっていると考えられます。

最初のグラフを見たときの、「獲得から日が経つにつれて、2回目購入者数が減っているようだ」という考察に比べると、顧客の真の姿にぐっと近づいた考察になったと思いませんか?これが、数式の持つ力なのです。

まとめ:データとビジネス機会

データサイエンスの現場では、とにかく分かりやすくものごとを説明することと、データ活用でビジネス上の結果を出すことが求められます。それは当然のこととして、そのために、数式のもつ意味やそれを使ったデータの解釈(顧客についての考察)がないがしろにされている現場が多いように感じます。

もちろん、数式を見ることが嫌いという人に「数式を使え」と言っている訳ではありません。それは専門家に任せれば良いことです。ただ、数式というものの持つ力を認識することで、専門家からより有用な知見を引き出せるかもしれないということは覚えておいて損はないと思います。

そもそも、今回お話した内容は、専用のソフトウェアなどは必要なく、Excelがあれば十分実行可能な内容です。重要なのは、データをどのような視点から見るか、ということなのです。みなさんも、今一度、手元にあるデータを専門家とともに見直してみると良いかもしれません。 次回、連載第7回は、本連載の最終回にしたいと思います(もしかしたら文字数の都合でもう1回、となるかもしれませんが、あしからず)。いよいよ、本題である意思決定とデータについて直接的に語りたいと思いますので、ぜひご期待ください。

シリーズ:マーケティングの意思決定とデータ

第1回:マーケティングとDX
第2回:マーケティングの意思決定とKPI
第3回:マーケティングの意思決定とKPI
第4回:消費者理解のためのデータ活用
第5回:データとビジネス機会の関係

WRITER執筆者プロフィール

株式会社電通クロスブレイン

取締役業務執行担当
佐藤 洋行

九州大学院修了(農学博士)。大学院でリモートセンシング画像解析を研究。2008年ブレインパッド入社。2014~17年、Qubitalデータサイエンス取締役(兼任)。プロジェクトマネージャー、データサイエンティストとして幅広いプロジェクトに携わる。2016~19年多摩大学経営学部経営情報学科准教授兼任、後に客員教授。現在はブレインパッドより出向し、株式会社電通クロスブレイン取締役執行役員担当。著書『データサイエンティスト養成読本』(共著、技術評論社)、『AI時代の意思決定とデータサイエンス』(単著、多摩大学出版会)。
※電通クロスブレインについて詳細はこちらをご覧ください。 (https://dxb.co.jp/)

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