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マテリアルズインフォマティクス(MI)とは?成功事例やよくある課題

公開日
2023.01.13
更新日
2024.04.12
マテリアルズインフォマティクス(MI)とは?成功事例やよくある課題

ビッグデータやAIなどといった情報処理技術の進展は、製造業をはじめ全ての分野におけるDXに影響を及ぼすようになっています。
材料開発・研究も、その例外ではありません。情報科学を活用して材料開発を行う「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」の波が押し寄せているのです。

今回は、材料開発の分野が抱える課題、MIの概要、そして今後の日本政府や代表的な企業の取り組みの方向性についてご説明します。

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マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは?情報科学と材料工学の関係

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)は、材料開発のプロセスを大きく変える画期的な方法論として、高い注目を集めています。まずは、MIの概要および世界・日本の取り組み状況を見ていきましょう。

マテリアルズ・インフォマティクス(MI)とは?材料開発のDX化

MIは、化学産業のようなプロセス系の製造業における製品設計にデジタル技術を活用するものです。ビッグデータ、AI、機械学習などといったデジタル技術の進展により、膨大な数の実験や論文を解析して材料の製造方法を予測するなど、材料開発の効率を向上させる取り組みを指します。

従来の材料開発のプロセスは、技術者の知識・経験・能力に依存していました。ニーズに対して理論計算を行い、既存研究を探して実験を繰り返しながら材料を試作し、物性評価を進める・・・・・・このプロセスには、多くの場合気の遠くなるような手間と時間がかかります。一つの材料開発に数年から10年以上を要することも稀ではありませんでした。

MIは、計算科学や情報科学の力で材料開発のスピードをアップさせる試みです。原子配列のような物性の特性をコンピューター上で計算させたり、あるいは過去のシミューレションデータや論文データを機械学習によって分析させたりすることにより、材料探索を進めます。

最新のデジタル技術を活用している点で、MIは「材料開発のDX化」「データドリブンな材料開発」といえるでしょう。研究者の経験と勘をデータが支えることで、業界の飛躍的な進歩が期待されています。

世界と日本のMIに対する取り組み

デジタル技術やバイオ技術など、最先端の技術・研究から私たちの生活を支える素材まで、材料開発の分野は産業・イノベーションのキープレイヤーであると考えられます。また、MIには個別の企業の枠を超えてデータを共有できる体制づくりが欠かせません。

こうした見方を基に、世界各国ではMIのための研究体制整備が精力的に進められています。MIはもともとアメリカで始まったもので、2011年のオバマ政権下で開始されたMaterials Genome Initiative(MGI)が端緒とされています。翌2012年には、電池材料に関する論文データを基に実験を介さずデータ分析のみで電池材料開発を進め、実験的な結果と同等の結果を導き出すことに成功しました。その後、欧州や中国、韓国などでもさまざまな取り組みが進められています。

日本では、2013年の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」がMIに対する国家的な取り組みの始まりでした。2015年には文部科学省の情報統合型物質材料開発イニシアチブ(MI2I)、2016年からは経済産業省の予算事業など、MIの活用による材料開発の高速化を目指す取り組みが続きました。


マテリアルズインフォマティクス(MI)のニーズが高まる背景と課題・今後の方向性

材料科学にイノベーションが求められる背景として、工業素材が日本の輸出産業の要の一つであることなどが挙げられます。MIに対するニーズの内容と、今後の課題についてご説明します。

日本の輸出産業の将来を占うMIの進展

政府資料によると、日本の産業界およびイノベーションにMIが重要である理由を「産業」「基礎」「融合」という3つの観点から説明することができます。

まず産業については、日本の輸出産業の約2割が素材(工業素材)であることです。また世界市場の過半シェアを占めるマテリアル製品も数多く存在しており、材料開発の進展が日本産業の今後に大きな影響を与えることは容易に予測できます。その一方でマテリアル系ベンチャーの伸びが低調であり、イノベーションを支える仕組みやルールが不十分です。

次に、基礎研究において日本は高い国際競争力を維持しています。世界と肩を並べる研究拠点や質の高い研究者が多く在籍しており、良質な材料データも存在しています。ただしそのデータを十分に共有できていない、材料開発関連の論文の国際シェアが質・量ともに下落しているなどの課題も山積しています。

最後に、これまで日本ではビジネスと学術研究を融合させた実績が多いという強みがあります。リチウムイオン電池や青色LEDなど、材料開発・研究が社会変革を牽引した事例があります。こうした強みをMIにおいても活かすことができると政府は考えています。一方、諸外国に比べて進行領域の開拓が不十分であるため、今後力を入れる必要があるでしょう。

以上のように、日本の産業と社会にとってMIが大きな位置づけを担っているといえるのです。

MIの発展に向けた今後の検討課題

今後の取り組みの方向性として、政府資料からはプラットフォーム整備・研究領域の抽出などといった仕組みづくりが読み取れます。

プラットフォーム整備とは、主にデータ共有の基盤整備のことです。MIのためには、良質な材料データを各企業および研究施設の研究者が取り扱える仕組みが欠かせません。政府では、今後データの取り扱いに関する共通指針の策定、データの創出や活用ができる共用施設および設備の整備、データドリブンな研究開発プロジェクトの推進などを進める予定となっています。

また、政府が今後目指す未来の姿や重要技術領域などを踏まえて、推進すべき領域を抽出する試みも行われるようです。「超低消費電力で推進するEco-Society5.0の実現」「高度なデバイス機能の発現を可能とするマテリアル」などの領域を提示して、戦略的に研究を進められるよう仕組みを整えていく方向性が示されています。

日本企業におけるMIの成功事例

ここまで政府の取り組みを主にご紹介してきましたが、すでに各企業でMIをめぐる取り組みが進展しています。ここでは5つの企業を代表例として取り上げ、その内容を見ていきます。

※有名企業のDX事例について幅広く知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。

【関連記事】
【2024年最新版】DX事例26選:7つの業界別に紹介~有名企業はどんなDXをやっている?~

トヨタ自動車株式会社のMI事例

トヨタ自動車株式会社は、いち早くマテリアルズインフォマティクスに取り組んできた企業として知られており、MIを用いた事業グロースに寄与しています。

例えば材料の性能や元素構成などの比率や作り方を結びつける、といった使い方です。材料は光を当てると、中が見え、波形が現れるのですが、目では差が分からない時があります。こういった場面でAIや機械学習を使用すると、差が明確に分かるだけでなく、仮説検証も実施できるようになったとのことです。他にも材料の精度に対するフィードバックや製品能力の予想などができるようになった点は、イノベーティブなポイントだったと言えるでしょう。

【関連記事】
【シリーズ】経営者の隣にデータサイエンスを。Vol.2 データサイエンスでものづくりの未来を開く「材料開発のDX」でトヨタが目指すもの
【前編】材料開発にデータを巡らせるトヨタの「新規事業」 ~BrainPad DX Conference 2022~ テーマ別 企業DX対談

旭化成のMI事例

化学業界の大企業は、どこもMIに注力する姿勢を見せています。中でも旭化成は、2019年に発表された中期経営計画で「デジタルトランスフォーメーション」の一環としてMIを強化することを明言し、ほぼ全ての材料開発でMIに活用しています。

研究・開発本部に「インフォマティクス推進センター」を設置して、2021年度末には150名以上のデジタルプロフェッショナル人材を擁する体制へ強化する予定です。研究開発のみならず、営業を含めた現場レベルへの浸透も進められています。

住友化学のMI事例

住友化学でも、中期経営計画においてMIに言及しています。「デジタル革新による生産性の向上」を掲げ、データ駆動による研究開発の効率化・高度化を目指しています。データサイエンティストやデータエンジニアなどの人材確保、データプラットフォームの構築や電子実験ノートの活用を通じたデータ基盤の整備、MIプラットフォームの構築や予想技術の開発によるデータ解析が課題です。

具体的なアクションプランとして、「デジタル革新部」の設立が中期経営計画に記載されています。人材の確保・育成や分析・解析技術の高度化など、MIを含めた「デジタル革新」の中心的な役割を担う予定です。

東レのMI事例

東レも、デジタル活用やDXの文脈でMIについて触れています。「デジタルものづくりによる先端材料研究」と題して、理論計算とデータ科学を駆使したシミュレーションおよびMIによる研究・開発の効率化を進めています。

必要なデータについては、材料試作や社内評価などのプロセスから吸い上げたデータを社内でデータベース化し、これを社内データ基盤として活用する体制を整えています。また顧客評価にVRや3Dプリンタを利用して材料イメージを確認しやすくなるとともに、試作品づくりを高速化できるようになりました。

横浜ゴムのMI事例

横浜ゴムでは、中期経営計画での言及はないものの、MIによる材料開発の効率化を着実に進めています。

2015年には、仮想的なゴム材料のモデル化と弾性率・エネルギーロスなどの力学特性の予測シミュレーションを行うための「多目的設計探査シミュレーション技術」を開発しました。また、2017年にはその膨大なシミュレーション結果をAIによって探索し、目標性能を実現するために重要な微細構造の設計因子とその閾値を短時間で客観的に導き出せるようになりました。

これによって材料開発の工数削減につながるとともに、設計因子が力学特性に影響するメカニズムを解析するためのシミュレーション技術を新たに導入して開発の新アプローチを発見することも可能になりました。

マテリアルズインフォマティクス(MI)を実践するうえで押さえたいポイント

最後に、マテリアルズインフォマティクスを実践するうえで押さえておきたいポイントについて紹介します。いずれのポイントも現役データサイエンティストが直々に解説している内容になるので、リアルなヒントが得られると思います。

【関連記事】
【現役社員が解説】データサイエンティストとは?仕事内容やAI・DX時代に必要なスキル

組織の一体化を図る

MIが持続的に機能しない場合、チーム間の軋轢や過去の成功体験への執着が要因となっていることがあります。これらは無意識的に業務オペレーションの変革に対し、ブレーキをかけることが想定されるでしょう。

特に新製品の開発に関わる情報は、多くの企業で3つの部門に分割されがちです。

  • 営業部門の市場や顧客の生の声
  • 実験部門の過去の実験や成功の知見
  • データ活用部門のデータによるソリューション

これらの部門をいかにして、形式的にではなく、本当の意味で一体化させることが重要と言えます。

【関連記事】
単発成果のマテリアルズインフォマティクスを持続的な経営効果へ変える|2周目のMIへ踏み出すための処方箋

AIの予測範囲を広げる考え方を持つ

MIの難しさのひとつに「実験データが局所化しやすい」点が挙げられます。そのため「既知の材料の性能をチューニングして、高性能な類似材料を作る」ようなシチュエーションは成果が得られやすいですが、一方で「既知の材料とは異なる未知の材料を発見したい」場合は、うまくいかないことが多いです。

なぜなら、AIは「推論」が苦手だからです。したがって

  • 新たな実験を行い、AIの予測範囲を広げる
  • 現状のデータでできる限りの傾向を捉える

ような視点が求められることになります。詳しくは以下の記事で解説しているので、技術的な側面の情報収集も必要な場合はあわせてご覧ください。

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「データは少ないが予測はしたい」マテリアルズインフォマティクス(MI)の実践ポイント

まとめ

MIは、化学産業における材料開発にもデジタル技術が大きな影響を及ぼしている証といえます。組立系の製造業のみならず、プロセス系でもDXがゲームチェンジャーとして業界に期待感と危機感をもたらしているのです。

業界によって「バーチャル・エンジニアリング」や「マテリアルズ・インフォマティクス」などと呼び方は異なりますが、デジタル技術による影響のあり方は類似したところがあるとも考えられます。自業界の動向に加えて、異なる業界のDXについても理解を深めることで、新たな気づきを得られるかもしれません。

マテリアルズインフォマティクス(MI)の解説をしている記事一覧はこちら

参考



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